春はまぜると塩辛い

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 夜八時、夕飯を食べ終えて自室へ入る。  リビングからは母がカチャカチャとお皿を洗う音に、「サキがテスト終わったらさあ」と両親が月末の予定を立てる声が乗ってくる。私は充電していたスマホを手に取り、隣の席の友人から届いていたメッセージを開いた。 「テスト範囲送ってくれない?」  既読を付けてしまった。こんなこともあろうかと、というのは嘘だけど、フォルダに残しておいた黒板の写真を送りつけた。スマホをベッドに放り、机に向かう。来週に迫った試験の勉強始めようとしている。  勉強は嫌いじゃない、好きでもないけど。ゲームをしたり、ぼうっとテレビを見ているよりずっと有意義な時間だ。目の前に貼った出題表をみて、今日は日本史から始めようとノートと教科書、授業でよく使うテキストを取り出す。  私はふわふわしている。いつか見たクラゲのようにふわふわしている。どうやら私には就職か進学か決めなければいけない岐路が近づいているみたいだ。みたいだ、というのは少しばかり他人事だけれど、来年の話をされたところで私にとってはまだまだ他人事なのだ。 「中間考査が終わったら面談だからな、それまでに考えとけよ」  担任は先週の金曜日、ホームルームで言った。紙を配られてすぐ書き始めた子もいるし、丸めて鞄に突っ込んだ男子もいた。隣の席の友人は進学に丸を付けていた。私はとりあえず綺麗にたたんでファイルにいれた。それからまだ開いていない。 「どっちもいやだ」  と言ったかもしれないし、言ってないかもしれない。助けて欲しいと思っているのは確かだ。辛いと思っているのも確かだ。ただ、どうだろう。いやだと思ったことはあっただろうか。  こんなことを考えながら、私はテキストのページをパラパラめくり、中間考査で必要な暗記のページを探している。赤いペンでぐりぐりと丸を付けたはずなのに、何度めくっても見つからない。 「どこでもいいよ、サキの行きたいところにいきな」  寛容な両親だ、でも、物足りない。怒鳴ったり、レールを引いてくれたり、そう言った親を持つ同級生が羨ましいと感じることもある。 「隣の芝生は青くみえる」 「ないものねだり」  知らないよ。見えるものは見たまんま、欲しいものは欲しい、ただそれだけなのだから。
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