おとぎ話のような夢

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おとぎ話のような夢

雲ひとつない青空の下、バラが虹色に咲き誇っていた。マッドハッターがみんなを呼んで、パーティは始まった。奥の席に老婦人が座っていて、演奏をにこにこと笑いながら見ていた。 アリスだけいなかったから、探しているうちに急に少女が目の前に現れた。 ころころと笑うその姿は老婦人によく似ていた。 彼女は俺の名前を親し気に呼んだ。 初対面のはずなのに、どこかで見たことある気がするのはなぜだろう。 「……ミ……ナナミ! おい!」 何度も呼んでいた少女の声が聞き慣れた声に変わる。 すさまじい形相をした黒髪が視界を覆っている。 「よかった、泣きながら寝てたから。 何があった? 大丈夫か?」 ゆっくりと起き上がる。 今日は一日中、銃弾の雨が降っていた。 外に出ることもできないから、無人シェルターに引きこもっていた。 以前の使用者の忘れ物かどうかは分からないが、小説が置いてあった。 時間潰しのついでに読んでいるうちに、寝落ちたらしい。 「そんなことで騒いでんじゃねえよ。 こっちが何事かと思った」 下を向くと涙が落ちた。 その瞬間、俺の肩を両手で強く掴む。 「今は何日だ? ここの場所分かるか? 俺の名前、言ってみろ」 早口でまくしたてる。 ぶり返した過去の傷は現実感を薄めてしまう。 だから、まずは現実を認識させることが重要なんだそうだ。 カリンもそれに従って、質問してくれているのだろう。 その表情はひどく、恐ろしいものだったけれど。 「大丈夫だよ。そういうことじゃない。 目の前で死ぬわけじゃないんだから、悲しそうにするな」 俺がそう言うと、きつく抱きしめる。 その背中はかすかに震えていた。 過保護すぎるというか、なんというか。 困ったもんだよ、本当に。 手を回し、ゆっくりと背中をさする。 二人で教会を出てから、雨にもだいぶ慣れてきた。 今日みたいに無人シェルターで避難できることを知った。宗教関係者ということで、葬式を開く役割も与えられた。 目的も見えてきて、旅もようやく落ち着いてきた。 今日もいくらか安定してる方なんだけどな。 それでも、あんな姿を見たら誰だって不安になるか。 「心配かけてごめん。 今日は楽しすぎて、泣いてたんだよ」 教会にいた頃は、雨が降るたびに怖くて仕方がなかった。 あそこは雨にすべてを奪われた子どもが集まっていた。 子どもの頃は、教会の先生に泣きついていた。 みんながいなくなった後は、カリンの前で泣いていた。 雨が降るたびに泣きじゃくる俺を見て、ドン引きしながらも受け入れてくれた。 あそこは誰もが傷を負っていたから、すぐに分かってくれたんだと思う。カリンの肩にもたれかけた。 「夢の話、聞いてくれないか?」 返答の代わりに、優しく受け止めてくれた。 怖いこと以外で涙を流す理由があるだなんて、思わなかったな。 「俺、白ウサギになってさ、バイオリン弾いてたんだ。 空がどこまでも青くて、バラに囲まれててさ。 おかしいよな、俺バイオリンなんて弾けないのに」 目を閉じて、話し始める。 こんなにくっきりと覚えている夢があるなんて、知らなかった。 夢から覚めた後は、いつも形のない恐怖の中に取り残されていた。 「テーブルにみんな揃ってるんだ。 帽子屋に三日月ウサギに眠りネズミ。あとは何だろう。ヘンゼルとグレーテルも招待されてたのかな? 何がおかしいって、赤の女王もそこにいるのにさ……裁判なんて開く気配もないんだ。みんなで楽しくパーティしてるんだ」 「それで?」 「目の前に品の良さそうなおばあちゃんが座っててさ。 演奏してる俺たちを楽しそうに見てるんだ。 んで、いつの間にかその人がアリスになった」 口から笑い声が漏れた。 「急に時間が巻き戻ったみたいで、時計の針は十二時ちょうどをさしてた。 小さな女の子になっても、楽しそうに笑っててさ。 すぐにその人だって分かった。演奏も起こされるまでずっと続いてたんだ」 ああ、こんな穏やかな気分は初めてだ。 葬式でピアノを弾いてる時も、旅の道中でも、町の人たちと話している時にもならなかったのに。 「そんなに楽しかったんなら、起こさなきゃよかったか?」 首を横に振った。 「多分、起きなきゃいけない時間だったんだよ。 お前にも見せてやりたかったな」 本当に楽しい夢だった。 俺の目からまた、涙がこぼれた。
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