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仕込みの時間になった店主が、鶏ムネ肉と鶏モモ肉に手を伸ばす。そして、はたと考え込んだ。
「あれ、昨日のショウガが残ってるじゃねぇか。これ早めに片さないとな……うーん」
鶏モモ肉と鶏ムネ肉は、驚いた。見れば確かに、ショウガのうち、古い方が外に出ている。いったいいつ……。
(ショウガ、あいつ、聞いてたのかな……)
(あの人、いつも皮かぶってるから……分かんないよな)
こそこそと話し合う2部位に気づくこともなく、店主はまず、玉ねぎを刻んだ。そしてフライパンへ入れ、じっくりと炒めていく。店主は、つなぎにパン粉を使おうとはしない。代わりにつなぎとなるのが、炒められて甘味と粘り気を手に入れた玉ねぎだ。
ふわふわの食感ではなく、肉のうまみと歯ごたえを楽しんでほしい店主のこだわりである。
さらに炒められた玉ねぎに味付け材料が加わり、全てをまとめる卵黄や刻まれたショウガ、ネギが入れられた。店主はわちゃわちゃとする2部位に気づくはずもない。
2部位は、突然にフードプロセッサーへ入れられた。
(っ、鶏モモ肉、おまえもうちょっとむこういけよ……!)
(いっ、一緒になっちゃうから、むこうに行くも何もないでしょぉ!?)
フードプロセッサーが、無慈悲に、低音を鳴らして回転する。刃が2部位を切り刻み、細かく粉砕していく。
(い、いっしょになる、いっしょにぃ!)
(とりもも、しっかりしろ! ネギといっしょに、たべてもらうんだろぉ!)
言われて、鶏モモ肉の意識がはっきりし始めた。そうだ、鶏ムネ肉と一緒になり、さらに相性の良くなった肉で、ネギと共に食べてもらう……そのためなら、何でも耐えられる。
(たえ、なきゃ……! たえて、ネギさんと、いっしょにっ……!)
フードプロセッサーが停止する。蓋が開き、店主の手が伸びた。
(た、たえれた? だいじょうぶ……まだ、わかる……)
その瞬間だ。
真っ白な柔らかいものが、鶏モモ肉と鶏ムネ肉の体に、どっぷりと乗りかかった。
(ぅ、うぁ!? な、なにこれぇ!)
豆腐だ、そう理解した瞬間、フードプロセッサーの蓋が閉まった。スイッチが再び入り、機械的な動きで刃が鶏モモ肉と鶏ムネ肉を、豆腐へ混ぜ込んでいく。
(とうふの、すいぶんが、からだにしみこんじゃうっ、よぉ……!)
鶏ムネ肉も、もはや意識はもうろうとしていた。筋線維の多い彼にとって、適度な水分と脂肪をもつ豆腐は良き相方だ。ふっくらと自分を仕上げてくれる彼、しかし……自分を見ていてくれただろうショウガの前で、豆腐と共にかき混ぜられていることに、鶏ムネ肉は動揺していた。
(やだって、思ってない……! そんな、俺……!)
ショウガは、何も言わない。ただネギと玉ねぎと卵、そして味付けの調味料と一緒に、じっとボールの中にいる。
(みないで、やだ、しょうが、おれ……!)
鶏ムネ肉の懇願もむなしく、豆腐と鶏モモ肉と共に、全てが一緒くたになってしまった。店主にゴムベラでやさしくフードプロセッサーから取り出され、ボールの中へ入れられる。ネギもショウガも、何も言わない。それが、鶏ムネ肉と鶏モモ肉の気持ちをさいなませた。
これなら、一緒になんて、願わなければよかった。
鶏モモ肉がそうとまで考えた、その時だ。ネギの辛み成分、硫化アリルが鶏モモ肉に触れたのだ。
(ね、ネギさん!? ……)
豆腐のもつまろやかさを、ネギが緩和していく。鶏ムネ肉の脂肪を、ネギが受け止めていく。
(おれ、いっしょに、つくねになりたくて! いつも、ネギマの串に、残るのが嫌で……!)
一緒に食べてもらえなくても良かった。
ネギと、ネギと同じ串にいられるなら、それでよかった。
鶏モモ肉は、自分の気持ちに気が付いた。鶏ムネ肉のため息を聞きながら、ネギと調和されるべく、鶏モモ肉はその辛みに身を任せる。
(ネギさん……)
もう鶏モモ肉は、少しも不安ではなかった。
とろとろとした湯加減でさっと煮られ、串に3つずつ刺してもらった後。
鶏モモ肉は、ふと、店のカウンター近くにいることを理解した。ネギと共につくねになったことを、いまさらのように実感する。
(あれ……鶏ムネ肉?)
(よう。……見ろよ、俺たち。串から外されてるんだ)
(ええ!? で、でも、これ、もしかして!)
客が来た。
「店長、ネギマのムネとつくねのセット頂戴。ビールね」
「あいよー」
てきぱきと焼き上げられ、香ばしい香りがたつ。ネギマとなった鶏ムネ肉と共に、鶏モモ肉は客の前に出された。
「これで680円かぁ、安いねぇ」
「例のコロナでめっきりだからね。おひとり様向けにしたのよ。串にさす手間がないから、みーんな新鮮に食べてもらえるしね」
「なるほどねぇ。肉にさわる回数も減らせるってわけだ」
客の口が開く。
ぱくん、と良い音を立てて、つくねになった鶏モモ肉は、とうとうネギと共に食べられた。
(ネギ……さん……! 嬉しい、おれ、いっしょに……!)
フードプロセッサーとは違う、温かな客の口の中。
鶏モモ肉は静かに、消化酵素と奥歯に砕かれながら、ネギと共に胃へ行く喜びをかみしめる。
「うん、うまい!」
なだれ込むビールに見守られながら、鶏モモ肉とネギ静かに、胃の中へ向かうのだった。
ご馳走様でした。
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