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5度目の雨谷さんと僕
新谷坂高校1年の春の終わり。
雨谷かざりは同じ一日を何度もくり返していた。
雨谷かざりは毎朝僕と初めて出会い、夜をまたぐとすっかり記憶をなくし、また新しい朝に僕と初めて出会う。
これはくり返す春の日を終わらせるお話。
◇◇◇
春の早朝、すき通った日差しが山の端から差し込み、少し乾いているけど春めいた風が吹き抜ける。
風はそのまま、僕の前にいた雨谷かざりの帽子を吹き飛ばした。
僕は帽子をつかまえる。
「落としたよ」
僕はふり返った雨谷かざりに帽子を手渡す。
雨谷かざりは魅力的な笑顔でにこりと笑って、上品なレースの手袋をした手で僕から帽子を受け取った。
「ありがとう! 今日は風が強いから油断しちゃった」
雨谷かざりは、ここ5日間、毎日この紅林公園北端のベンチで絵をかいていた。
紅林公園は、小さいけれどもきれいに整備された公園だ。低木は丸く切りそろえられ、芝生も青々としている。
この公園は、もともと明治時代にここに住んでいた有名な建築家の邸宅の庭で、現在は観光地として一般公開されている。ベンチからのぞむ池はキラキラと光を反射しながら、その奥にある紅林邸の白色と紺色をうつし出していた。
紅林公園は僕が通う新谷坂高校から遊歩道を歩いて10分ほどのところにある。僕は4日前に紅林邸の裏側にある垣根のすき間からここに忍び込み、彼女と知り合うようになった。
本来、早朝の今はまだ営業時間外。門は開いてない。
彼女は怪訝そうに首をかしげ、僕に問いかける。
「あなたはどこから入ってきたの? ええと……」
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