プロローグ*酸いも甘いも

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仕事量の余りの多さで毎日が残業。 通勤時間を睡眠時間に変えるために、会社近くのマンションに引っ越した。 マンションは徒歩十五分ほどの築十五年のモダンなチョコ色の七階建ての一階の一番奥の部屋。 大手町周辺では安い物件だったので、即座に契約。でも、引っ越しを終え、いざ住み出した後で、その安さには秘密があるコトを知った。 前に住んでいた女性が自殺し、事故物件だったのだ。 でも、家賃の安さには何物にも代えがたく、住み始めて、半年が過ぎた。 今の所、問題になく平和に暮らしている。 でも、マンションに真っすぐに帰らず、行きつけのバー『フィロロッソ』に寄り道した。 『フィロロッソ』はイタリア語で『赤い糸』と言うらしい。 「お帰り、万葉ちゃん」 「ただいま・・・マスター」 マスターこと藤原鈴介(フジワラリンスケ)さんは四十代前半のアメリカ人の祖母を持つクォーター。 金髪で彫りが深く、優しいテノールで女性客を魅了し、常連客の女性には「お帰り」と言葉を掛けてくれる。 部屋に戻っても、誰も居ない暗い部屋。 マスターのセクシーなテノール声で『お帰り』と私も言って貰いたくて、半年間、バーに通いつめた。 そして、ようやくマスターの『お帰り』を手に入れた… マスターの『お帰り』の一言で、仕事の疲れか吹っ飛んだ。
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