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魔法使いの最期
『僕は魔法使いなんだ』
あなたが初対面のわたしに向かって得意気な顔をしたとき、わたしはなんて答えただろう。たぶん信じたりはしなかったと思う。
だって、魔法なんて聞いたことない。
昔はたくさんのことが“魔法”だなんて言われていたけど、そんなのは全部幻で、嘘っぱちで、お母さんがよくわたしに言ってくれていたことだって、結局は全部おまじないみたいなものだった。
だから、あなたが最初に『ほら!』と指先から綺麗な花を見せてくれたときだって、単なる手品だと思って適当にあしらっていたと思う。
ねぇ、覚えてる?
どうしてもあなたの魔法を信じなかったわたしに、ちょっとだけむきになったあなたが言ったこと。
『それじゃあ、毎日ちょっとずつ、君の幸せを増やしていくよ! もしできてたら、僕のこと信じてくれるかい?』
何それ、毎日一緒にいなきゃいけないじゃん。そう笑ったわたしを見つめる真剣な目がちょっとだけ――ほんの少しだけ気になったから、わたしはあなたと付き合い始めたんだよ。
それからの日々は、別に何かが劇的に変わったわけでもなかったと思う。ただ朝起きたときに『おはよう』って言い合える相手がいたり、仕事が終わって帰ってきたときに『ただいま』とか『おかえり』とか言える相手がいたり、同じものを食べて同じ部屋にいてくれる人がいたり、別に何もしなくても、ただそこに誰かがいてくれたり……そういうのが、本当に久しぶりだった。
別に魔法だなんて思わなかったけど、それだけでもすごくわたしには……敢えて言うのは恥ずかしいけど、やっぱり特別なことだった。
「ねぇ、わたしを幸せにしてくれるんじゃなかったの、ねぇ?」
いつもならしつこいくらいに話しかけてくるくせに、こうやって話しかけたときには答えてくれないの? 揺すった肩は、ただそのまま無抵抗にふらつくだけ。
真っ白な部屋で、真っ白なベッドの上で、ずっと眠り続けるあなたを見て、「あぁ、そういえば涙を流すのなんてずいぶん久しぶりだったんだな」って。
まっすぐ伸びた無機質な横線が、もうあなたの目が開かないことをはっきり突きつけてくる。
それでも、目覚めないあなたを傍らで見ているだけのわたしにも、もし魔法が使えたなら。今ほどそう願うことはなかった。
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