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─雷─8
寝てる俺を起こす時の迅って、いつもと違って優しいんだよなぁ。 言い方っつーか、俺の頭なでなで〜ってしてくるとことか。
無意識にニヤニヤしながら目を開けてみると、夢で見た黒豹がぼんやりそこに居た。
あったら怖えーと思ってた耳が見えたんだ。
「……あ、……生えてる……」
「は? 何が?」
「何って……頭の上に黒い耳……」
「寝惚けてんじゃねぇ」
「痛ーッ! 寝起きに殴るなよ! 鬼か!」
文句も言いたくなるだろ。
たった今なでなでしてくれてた手のひらがギュッと丸まって、肩にコツンッとパンチを繰り出してきたんだから。
しかも俺、寝起きだぞ?
超リアルな、カースト上位で黒豹でもヤリチンだった迅の夢見てたんだから、しょうがねぇじゃんっ。
「殴ってねぇ。 ツッコミだ、ツッコミ」
ふんっと鼻を鳴らすそのふてぶてしさ。 どこが黒豹じゃないってんだ。
っていうか、いきなり体起こしたからかな……首が痛え……。
「え……迅さんツッコミが出来るようになったんすか」
「俺をおちょくるとはいい度胸してんなぁ、雷にゃん?」
「おう、おう、やるかぁ!?」
「あぁ、いいぜ。 得意の脛蹴り見せてみろよ」
「やってやろうじゃん!!……って言いたいとこだけど、首……寝違えたっぽい」
「は?」
ベッドから飛び降りて臨戦態勢に入ったはいいけど、やっぱ首が痛くて戦意喪失。
これじゃ脛蹴りなんて無理だ。
せっかく迅が俺とタイマン張ってくれる気になったのに。
「マジマジ。 こっち向くと痛てぇ」
「たった一時間昼寝してただけで寝違えるバカいるかよ。 あ、ここに居たわ」
「うるせぇ!! あ痛ッ!」
「バカじゃん。 おとなしくしとけっつの」
「ぐぬぅ……っ」
右を向くと痛いから、左に顔を傾けて迅にガンを飛ばしてやる。
まったく災難だ。 寝違えるなんて。
しかも。 さっきまで見えてた黒い耳は無くなって、人間になった迅はただのイケメンじゃねぇか。
あの耳がずっと生えてたら、俺だってなでなでしてやろーって気になったんだけどな。
あ、……思い出した。
今日ここに来たのは、俺の監視を徹底してる俺様迅様に大事な直談判するためだった。
「なぁなぁ。 明日、ちょっとでいいから自由行動の許可出してくんない?」
「は? なんで」
「もふもふさん……通称もっさんのとこ行きたい」
「……もっさん? もふもふさん、いつから改名したんだ」
「今。 なう。 もふもふさんは長えから、もっさんって呼ぶことにする」
「たいして変わんねぇだろ」
「いや変わる! 言いやすくねぇ? もっさん♡ ……あっ、違う! そうじゃなくて、自由行動の許可を……!」
「俺も行く。 それならオッケー」
「えぇっ、それは自由行動にならねぇよ!」
「じゃあダメ」
「なんでだぁぁーー!! あ痛ッ!」
監視がキツ過ぎるーー!!
ついでにガチで首が痛え!!
なんなんだ、今日は厄日か!?
たった今思い付いたもっさんって呼び方、我ながらめちゃめちゃ気に入ったから早く直に呼んでみたいのに!
「ほら見ろ。 首寝違えたら二、三日はずっと痛えぞ。 とりあえず治ってから行けば?」
「……そうする……」
首を押さえてベッドに蹲った俺を、迅は笑わなかった。 それどころか、うつ伏せになった俺の頭をなでなでしてくれた。
「俺の言う事は絶対」みたいに言い切られて反論したかったのは山々だけど、今夏休み中で良かったと思うくらい昼寝を後悔した俺は、迅に湿布を貰って安静にしとく事にした。
寝違えるなんてバカだな、って、晩ごはんの時も何回も揶揄ってきた。
シャワーから出てきて、湿布を貼り替えてもらう時も「マジでバカじゃん」って言われた。
でも狭いベッドで横になると毎回してくれる、迅のなでなでは好き。
手がデカいから気持ちいいんだよな。
もっさん達も、俺になでなでされてこんな気持ちなのかな?
俺もゴロゴロ言えたら言ってるとこだ。
「───迅〜〜」
「……なんだよ」
「眠れねぇ〜〜」
「……寝ろ。 俺は眠い。 昼寝すっから眠れねぇんだよ」
「睡眠欲には屈するなって迅が言ったんだろ〜〜責任持って相手しろよ〜〜」
「屈するな、なんて言ってねぇよ」
ベッドに入って、まだたぶん一時間も経ってない。
俺をなでなでしてた迅が壁の方を向いちまって、イケメンの寝顔観察も出来なくなった俺はヒマでしょうがなかった。
昼寝したから眠れねぇのは分かってる。
それを許したのは今俺の監視人を買って出てる迅様だろ。
迅はあんまり乗り気じゃねぇかもしんないけど、ゲームしよー?と誘おうとした直後。
眠いと言ってたはずの迅が、一枚しかない布団をガバッと剥いだ。
「あ、……じゃあアレ観るか」
「えっ、なになに!? 映画!? 夜中恒例のホラー映画鑑賞とか!?」
「恒例だった覚えは無えけど、……兄貴の部屋に置いてったもんがあるんだよな」
「えー! なんだろ! アクション系だと余計眠れなくなっちまうなぁ!」
やったぁぁ! それでこそイケメンヤリチン迅だ!
映画なんて最高じゃん。
「観るか」って言ってたからには、隣の部屋に探しに行った迅も一緒に起きててくれるって事だよな。
迅の一番上のお兄ちゃんは最近結婚が決まったらしくて、今は、俺みたいなガキには理解出来ないお試し同棲中ってものの真っ最中らしい。
そんな兄ちゃんが、何かのDVDだかブルーレイディスクだかを残して行ってくれたおかげだ。
いっそ、夜ふかしに付き合ってくれるならどんなジャンルでもいいよ。
そんで俺が眠くなったら、迅に頭をなでなでさせてやろうじゃねぇか。
「あったぞ。 早速観るか」
「おけおけ! ちなみにタイトルは?」
「始まったら教えてやるよ」
「焦らすねぇ〜〜!」
俺に見えないようにパッケージを隠して、コソコソッとディスクをセットする迅が思いのほか楽しそうだ。
ほらな、迅も実はちょっと夜ふかしの気分だったんだろ?
分かってんだからな。
…………と、俺が余裕ぶっこいてられたのはここまでだった。
テレビを観やすいように移動させてベッドに戻ってきた迅が、壁に背中をつけてリモコンを操作しながら「スタート」と言った。
それはかなり、すぐに……始まった。
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