①転校生 ─迅─3

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①転校生 ─迅─3

 翼は隙あらば雷と密着し、雷もまったく嫌がらずむしろそれが当たり前になってきている。  スマホでゲームをしてる翼は慣れたもんで、小さくてもあんなにうるさいのが背後に居たら邪魔なんじゃねぇかと思うんだが、少しも鬱陶しそうにしてない。  GW明けに久々に顔を合わせたかと思えば、放課後やたらと腹減りな雷は、今日も自分から翼に抱きついて食い物をせびっていた。 「翼〜俺おでん食べた〜い」 「どこのコンビニ行ってもそれは手に入らねぇ。 雷にゃん、いま何月か分かってるか?」 「じゃあ作って〜」 「何それ、めんど。 あ、俺ん家来れば?」 「松江さんに作ってもらうって言うんだろ? それは悪いからいいや。 金持ちの思考にはついていけねぇっ」 「……松江さんって誰」  俺の知らねぇ古風な名前が出てきて、思わず口を挟んだ。  スマホ片手に新たな悪趣味検証を始めていた俺は、聞いてないフリをしてただけで一応二人の会話には聞き耳を立てていた。  最近コイツら、俺には分かんねぇ話をちょくちょくしてやがってムカつく。  だからって、俺が女とヤッてる間にコイツらがどんな時間を過ごしてるかなんて興味無いし、別にどうだっていい。  ……ただムカつくだけだ。 「誰なんだよ」 「迅は知らねぇか。 松江さんは、四月から入った俺んとこのお手伝いさん」 「そうそう、めちゃくちゃご飯が美味しくてほっこりするおばちゃん!」 「なんで雷にゃんがそんな事知ってんの」 「何回か俺ん家に泊まりに来てるからなぁ。 松江さんも雷にゃんのこと気に入ってるし」 「え、マジで!? それ嬉しいな! 松江さんによろしく伝えといてよ!」 「おでんはいいのか?」 「松江さんの手は汚したくないからな! 我慢するぜ!」 「汚したくないって、また使い方おかしいぞ」  振り返って雷のほっぺたをぷにっと摘んでいる翼は、確かバイだって言ってたよな。  雷も雷で、男にそんな事されてニヤニヤしてんじゃねぇよ。  コイツら……もしかしてデキてんの? 「……は? 雷にゃん、翼ん家に泊まった事あんの?」 「あるよ。 何回泊まったっけ? 忘れたけど、何回も!」 「四回だ、四回」 「あれっ? 意外に少ないな! 迅、四回だった!」 「………………」  いや、俺もたった今聞いてたから改めて言わなくてもいいっての。  ほんとバカだな、雷にゃん。 ……ていうか、そんなに翼の家に泊まってんのかよ。  まだコイツがこっちに引っ越してきて二ヶ月も経ってねぇぞ。  どんだけ距離縮まってんだよ。 二人のこの馴れ馴れしい雰囲気……まさかその四回でヤッちまってたりすんのか?  最近それに拍車掛かってるし、俺ほどじゃねぇけど翼はバイで男女見境無く手が早いって有名なんだぞ。 「……泊まりに行って何すんの?」 「何ってゲームしたり漫画読んだりだよ。 翼のダチ何人か集めてナンパも連れてってもらったかな。 家ではダラダラゴロゴロしてるー」 「……それだけ?」 「迅が期待してるようなことはまだ無ぇよ。 な、雷にゃん」 「えっ、迅は何を期待してんの? 期待って何だっ? なぁなぁっ」  うわ。 俺が余計な事に首突っ込んだせいで、馴れ馴れしい金髪チビがこっちに来た。  翼にしてるみたいに、俺の背後霊になろうとした雷の体をグイっと押して、取り憑かれるのを免れる。 「うるせぇ。 近寄るな。 俺は翼じゃねぇ」 「なんでだよ! いきなりツンツンしやがって! そんなんだと世の中のツンデレ民が暴動を起こすぞ!」 「は? 意味分かんねぇ」 「迅はツンデレのデレが全然無いっつってんの! 少しはニッコリしてみたらどうなんだよ!」 「なんでお前にニッコリしなきゃなんねぇんだ。 笑わせたいなら笑わせてみろよ。 ほら、面白い事しろ」 「そんなにハードル上げられたら出来ねぇよ! 翼ぁぁっ、迅が俺に「興醒めした」とか言ってくるんだけどぉぉ」 「そこまで言ってねぇよ」 「お〜よしよーし、可哀想になぁ。 迅はツンデレじゃねぇよ、オレ様なだけなんだよ〜」 「オレ様反対!!」  ───おい、翼。 雷を抱き締めて、その背中越しに俺に向かって舌ピアスを見せつけてきてんのは、何かの宣戦布告か?  お前らにどう思われようが勝手だが、俺を巻き込むのはやめてくれよ。  バカ雷にゃんに触発されて、俺より見た目がチャラいピアスマニアの翼がたった一ヶ月でおかしくなってんぞ。 「翼っ、なんでこんな性格悪いヤンキーとつるんでんだ! お前ならもっと……」 「チッ……うるせぇな」  舌打ちした俺は、何も入ってない鞄を手に立ち上がる。  今日の女は既読スルーしてすぐからずっと着信を寄越してきていた。  あーイライラする。  どいつもこいつもうるせぇっての。  茶色とキンキラキンの髪が混ざり合うほど密着したコイツらを見てるのも、男にしては高い声で俺を罵るクソ生意気なチビの言動にも、宥めるように背中を擦ってやってる小学校からの幼馴染みのダチにも、とにかく全部にイラついた。  毎日ヤッて発散してんのに、溜まってんのか? 俺。
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