①転校生 ─迅─4

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①転校生 ─迅─4

 六月に入ると蒸し暑い日が増えて、ブレザーを着なくてもいい時期に入る。  白カッターの下は白いインナー着用ってのが校則らしいが、うちの学校ではそれを守ってる奴なんかひと握りしか居ない。  俺も翼もその他のダチ達も、みんな揃って色物のインナーを着ている。  校則を破りたいわけじゃなく、単に白インナーはダサいと思ってるからだ。 「雷にゃん、ガキじゃねぇんだからそろそろ着れば」 「……ん〜? ごめん、翼。 なんて言った? 聞いてなかった」  翼の背中に取り憑いたり、甘えたがりな女がするみたいに翼の胡座の上に座るのが、放課後の雷の日課になって二ヶ月。  マジで猫みたいな奴だ。  コイツらの密着度とヤバそうな雰囲気は相変わらずで、今日も翼の足の間に座った雷は熱心にスマホゲームで遊んでいる。  俺は二人の前で胡座をかいて、付き合っても二週間と保たない女達の名前を電話帳から削除するという重要な作業をしつつ、関係の怪しいダチの会話を盗み聞いていた。 「インナー着ろって言ったんだよ。 今はまだ全然見えねぇけど、夏になったら汗かいてかわいー乳首が透けて見えても知らねぇぞ〜?」 「乳首? あっ、やっ……♡」  スマホに落ちていた俺の視線が、悩ましい声に誘われるように雷へと向かった。  ……ビビった。 雷のヤツ、なんつー声出してんの。 「あーあ、触っちまったから乳首立ってる。 こうしたらどうなる〜?」 「あぁんっ……って、翼! おまっ……何してんだよっ」  手のひらで揉むようにして、平らな胸をカッターシャツ越しに刺激してる翼の目が……ガチだった。  立ってきた乳首を育てようとしたのか、指で摘もうとした翼のいやらしい手付きに、さすがのバカ雷にゃんも飛び上がって逃げた。  ……って、油断してた俺に飛び付いてくんなよ。  重た……くはねぇけど、さっきのコイツの「あんっ♡」が頭と耳から離れない。 「雷にゃん〜逃げるなよ。 未開発乳首を発見した俺の楽しみを奪うなよ〜」 「逃げるだろ!! いくら俺がチビでも、女の代わりにするな!」 「代わりになんてしてねぇってば。 おいおい、お前の椅子は俺だろ? いつまでも迅に迷惑かけるんじゃねぇよ」 「………………」 「イヤだ! 迅は性格悪いし、翼は最近エロピアスだし、ろくでもないお前らにはもう近寄らねぇ! お、お、お、お、俺、帰る!」  盛大にどもって、何もないとこで躓いてよろけながら、雷はプンスカ怒って教室を出て行った。  やり過ぎなんだよ、エロピアス翼。  あのチビが「最近」って言ってたっつー事は、俺の居ないとこで翼が本領発揮し始めてんだろ。  ここまで約二ヶ月。  よく我慢してると言うべきか、ダチの尻を追い回すなと注意すべきか、俺の立場は微妙なところだ。 「あーあ、雷にゃん怒っちゃったぁ」 「そりゃ怒るだろ」 「迅と同類になんてなりたくなかったのに。 そろそろいいかな〜と思ったんだけどなー。 甘かったか」  それはどういう意味なんだ、エロピアス。  俺は女とは遊んでも男とそういうコトしたいなんて思った事ないし、まず俺と翼じゃ好きになる対象そのものが違えんだから同類にはならない。  さっきの雷の「あんっ♡」はちょっとキたけどな。 ……表情見ときゃ良かった。 「お前さ、雷のこと狙ってんの?」  床にゴロンと寝そべった翼に、俺は冷めた視線をやる。  「いいや?」と笑う翼も相当だと思うんだけどな。 なんであのチビは俺ばっか目の敵にするかね。 「狙ってねぇよ。 俺のタイプは綺麗系ビッチ。 迅はその辺よーく知ってんだろ? まぁさ、確かに雷にゃんは見た目可愛いし、揶揄うの楽しいし、一回か二回か四回か八回か十六回くらいヤりてぇとは思うけど?」 「途中から倍になってんぞ。 めちゃくちゃヤりてぇんじゃん」 「でも俺、処女ムリなんだよなー」 「クソ野郎発言だな。 なんでここに雷にゃんが居ねぇんだ」  出た出た。 翼のヤバい本性。  処女がムリだからっつって雷を無理矢理犯してないだけ、まだ人間味を感じてやれる。  けどな、俺はお前のその不気味な笑顔の裏を知ってっから空恐ろしいんだよ。 「ヤりてぇと思ってんの、雷にゃんにバレちまったかなぁ」 「翼の本性知ったらマジで近寄んなくなると思う。 家泊まらせといて手出さなかった理由が処女だからって、クソもいいとこ」 「パンツで俺の部屋ウロウロするくらい警戒心ゼロなんだぜ、雷にゃん」 「ダチの家行って警戒してる方がおかしい」  しかもあの、脳細胞が限りなく少ない雷が警戒なんかするわけねぇじゃん。  美味いもん食えて、娯楽がたっぷりあって、金持ちな翼の広々とした部屋で自由に過ごせてラッキーくらいにしか、アイツは思ってねぇ。 「迅さぁ、雷にゃんの処女貰ってくんね? そっからなら俺大切に貰い受ける」 「……お前それマジで言ってんの?」 「大マジ。 処女は汚せねぇ」 「いや、……それだと俺が悪者で終わりじゃん。 てかヤる気も無えし、それ以前に男はムリ」 「迅は俺より経験値高えんだから、処女陥落させんのもお手の物だろ? 男と女はナニが付いてるか付いてねぇかと、挿れる穴が違うってだけだ。 何ならケツの穴の方が気持ちい……」 「俺な、昔からお前と下ネタ話すの嫌いなんだよな。 避けてたんだよ、忘れてたわ。 翼の異常さ」 「俺そんなに異常かぁ?」 「あぁ。 この俺が言うんだから間違いねぇ。 お前は異常」  言い捨てて教室を出た俺は、その日女と会う約束をキャンセルした。  廊下を歩きながらスマホを起動させて、雷の番号を押す。  真っ赤になってプンスカ怒っていた雷がほんの少し、マジでほんの少しだけ、心配だった。
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