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勇者、転生に気づく
モモは、突然思い出した。
モモは勇者である。
魔王を倒し、世界に平和をもたらす者だ。
6歳のある日……正確に言えば、柿の木に登って、実った橙色の実をもいでいる最中だった。自分が何者であるのか思い出したのは。突然過ぎたので、自分でびっくりして、そのままつるりと足を滑らせて落ちた。
2メートルの自由落下。
あわや、というとき、背中には硬い地面ではなく、ふわりとしたあたたかいものに包まれた。ふわふわの毛皮である。
毛皮呼ばわりなど、口が裂けても言えないけれど。
『っと、坊!危ねえじゃねえか、しっかりしろぃ』
「あ、うん、ごめん、……」
低いおっちゃんみたいな声が、頭に直接響いてくる。今お腹に載せてもらい、助けてもらった、見た目は大きい真っ白な犬。さっきはうろうろと木の根元でモモのことを心配していたので、足を滑らせたときに落下地点にスタンバイしてくれたのだろう。
その聖獣をちゃんと知っている。
狼神フェンリル=ベルルト。この世界に3柱しかいない特別な狼。その赤い目を見て、ごちゃごちゃとした記憶を整理しようとして……
「痛て……」
『おい、坊、どっか打ったのかぃ』
「いや、違うんだ……ちょっと、待って」
頭が痛い。
次から次へと溢れてくる記憶は、この世界に生まれたモモとしての記憶の、50倍近くあるのだ。
心配げな気のいい狼は、鼻先を頬に押し付けてくる。
「うん、だいじょうぶ……日に当たりすぎたみたい、ちょっと寝てくる」
慣れているとは言えないけれど、覚えがある症状だ。回数として過去3回。洪水のような記憶をなんとか思い出さないようにして、ふうと、息をつく。
『おう、水は飲めよ。なんかあったらカルラにでも言えよ』
「うん」
狼に別れを告げて、辺りを見回す。だだっ広い野原のすぐ向こうに、モモの家がある。
じいちゃんとばあちゃんと、一緒に住んでいる小さな家だ。
少しフワフワした足取りで、家にたどり着いて、自分の部屋にこもる。誰にも邪魔されたくなかったからつっかえ棒をして扉を締めた。じいちゃんばあちゃんは畑に行って今はいないし、聖獣たちには無意味だけれど。彼らは空間なんて自由自在、突然部屋に現れる。
小さな部屋だ。ベッドと、小さな机があるだけでいっぱいいっぱいだ。
鏡はいらないといったのに、ばあちゃんが勝手にかけたものがある。丸い金縁の小さいそれに、自分の顔が映る。
顔立ちは平々凡々の少年が、今は憂鬱そうに眉を寄せている。茶色がかった黒目、髪はピンクで、最近伸ばしっぱなしで肩に付きそうだ。唯一右だか左だか……鏡では右の目の下に、ほくろがあることが特徴だろうか。
モモ・トロー。それがこの世界での自分の名前だった。
「モモタローっていう物語なかったか?……ああ、これは最初の記憶か……しかも主人公のお供はイヌサルキジ……創世神の気まぐれかな?」
ブツブツと呟いて、記憶を整理する。
まず、この世界の、モモ・トローという少年についてだ。比較的量が少なく新しい記憶だからすぐに思い出す。これは楽な作業のはずだ……
モモは拾われっ子だ。
拾われっ子。両親は不明。老夫婦に拾われ、今まで辺境の村ですくすくと育ってきた。
(ありえない!)
前言撤回。
モモは混乱した。
「父さんは!?母さん!?」
頭を抱えて絶叫して、慌てて我に返った。
落ち着け。今慌ててもしょうがない。
汗がたらたらと首筋に伝い落ちる。目からもじわりと水分がにじみ出てくる。
それを乱暴に拭い、机についた。
紙は普及しているらしく、半年後に入学を控えたモモにふんだんに与えられている。表が毛羽立った粗悪品だが、文字を書ければ問題はない。
(モモは、山に捨てられていたところをじいちゃんに拾われた。子供がいなかったじいちゃんたちは自分たちの子供としてモモを育てることにした……一年前にそう教えられたっけな。周辺に赤子を落としたって話はなかったらしい。おかしい……)
なぜ、両親がいないのか。
ありえないはずだ。
創世神の思し召しならば。
「いや、まだ、慌てる時期じゃない」
どこか、神託を受けられる場所を探そう。創世神に話を聞くのだ、モモならそれができるはず。
また溢れそうになる涙をぐっとこらえて、ペンにインクをつけた。
「モモの魔力は……この周辺はド田舎だから比較できないな……けど、龍脈でとは言うけど、3体も聖獣を召喚しているから並以上だろう……隣の村ではベルルトを見て大騒ぎだったしな」
ド田舎すぎて、聖獣の価値がわかっていないのだ、村人たちは。
上位聖獣1柱と、汎聖獣だが魔力は上位の二体をけろっと呼んでいても、すごいわねえ、で終わってしまう。
ちょっと大きな宿場である隣村は、記憶のなかった頃のモモが狼神を連れておつかいに行けば、上から下への大騒ぎで、村長までお出ましだった。あれは大変だった。
狼神フェンリル=ベルルトを召喚できたのは、山にある龍脈……この世界の根源の力が発現する場所で、まぐれが効いたに過ぎないが、それでもモモの力は桁外れだ。
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