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壮馬が、そっと私の頬に触れた。その顔は、灯りがなくなったせいで良く見えない。
「郁美はもう忘れてるだろうなって思ってたんだけどさ。・・また、会いたいって言ってくれたじゃん。だからずっと、探してた」
壮馬の言葉を、私は朧げだが覚えている。人魚を見た。あの記憶が本当なら、確かに私は、そう言った気がする。また、会える?と。
だって、嬉しかったのだ。あのとき彼は―壮馬は。普通の子どもが考えないようなこと、しないこと。そういったことをひっくるめて、私なのだと言ってくれた、初めてのひとだったから。
「きれいになったね、郁美」
外見を褒められる言葉なんて、嬉しくもなんともない。けれど壮馬の言葉は、不思議と素直に胸に響いた。こんなにも、嬉しいだなんて。
視界がにじむ。壮馬が親指で私の目じりを拭った。そのとき初めて、自分が泣いているのだと知る。
「・・暗いのに。壮馬、目がいいんだね」
ぽつりとこぼす。
「まあね。昼夜問わず、海の底で暮らしてるから」
穏やかな声色に、私はそっとすり寄るように壮馬へと凭れた。その身体は、驚くほど冷たい。そっと、壮馬の足に手を伸ばす。触れたその感触は、人間の男の足そのものだった。
「・・人魚は、声と引き換えに陸にあがるんじゃないの?」
かつて読んだ、人魚姫の話を思い出す。人魚姫は陸に上がる際、その美しい声と引き換えに二本の足をもらうはずだ。
壮馬は私の言葉を聞いて、小さく吹き出すと笑いだした。
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