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私は、ミヤさえも気付かれてしまうんじゃないかと速まる鼓動を押さえ込む。
拳を握りしめ、咄嗟に嘘をついた。
「最近知り合った大学生のミヤさん。土曜日は大学がないから遊びに連れてってもらってる」
我ながら、上手い嘘だと思う。実際、原田さんや向島さん達には大学生だと嘘をついているのだ。その設定を守れば、何も難しいことはない。
「大学生……?」
「初めまして。ミヤです。お買い物だけしたら解散するつもりよ。ちゃんと送り届けるわ」
ミヤも大学生のお姉さんらしく振る舞った。ケイはぼーっとミヤの顔を見たまま硬直していた。
まるで時が止まってしまったかのように動かなかった。おそらく見とれているのだろう。
チクリ。
胸の奥が少し痛んだ。ケイよりもミヤが大事。そう思ってはずだった。だけど、ケイにミヤを見せたくはなかった。
だって、こんなに綺麗なミヤを見たら、ケイでなくたって魅了されてしまう。女の私だってこの美しさに引き込まれて、すっかり虜になってしまったのだから。
真っ直ぐケイの目を見つめるミヤの瞳。榛色の透明感と潤いのある瞳。
やめてよ。見ないでよ。そんなに綺麗な眼で見つめたら、ケイはミヤを好きになっちゃうかもしれないでしょ。
ミヤにすらもやもやする黒い感情。わかってる、嫉妬だ。
私のことは女として見れなくても、ミヤのことは別だ。十分女性として魅力的で、ミステリアスでもっと知りたくなる。そういう不思議な雰囲気を纏っている。
「ミヤ、行こう!」
私はその場にいられなくて、ミヤの手を引いて駆け出した。
「あ、おい!」
ケイは手を伸ばして呆然としていた。ピンヒールの私達とスニーカーのケイ。バスケ部だったケイが本気で走ればすぐに追い付くはずなのに、彼は追いかけては来なかった。
「……細井君」
ケイをまいた後、ぼそりと呟いたミヤ。駅からは離れ、人通りは少なくなった。
「うん。幼なじみなの」
「いいの? 心配してた」
「いいの。私がミヤといるとこを選んだから」
「そう……」
ミヤはふっと笑って「買い物、行く?」と言った。
いつものミヤの顔。困ったように笑って、私の胸を高鳴らせる。
だけど、今度はそうじゃなかった。グリーンとブラウンが混じり合う、綺麗な綺麗なヘーゼルアイ。その色が憎いほど綺麗で、私は先程のケイ同様にその瞳から目が離せなかった。
ミヤと同じ色のカラコン。初めて着けた目はミヤと同じように綺麗な目をしていた。目薬をさして潤いを足せば、ミヤと同じような艶やかさが見えた。
だけど違う。私のは偽物で、ミヤのは本物。剥がせば取れる私のとは違ってしっかり眼球にくっついているミヤの眼。
ずるい、ずるい、ずるい。
生まれつきそんなに綺麗な眼をしてるなんてずるい。
「虹彩が薄い分、昼間は他の人より眩しく見えたりしていいことないのよ」
いつかミヤが笑いながらそう言った。
それでもいいじゃない。他人とは違った綺麗なものを持ってるんだから。
……ほしい。
あの眼と私の目を入れ換えられたらどんなに素敵なことだろうか。
瞼の隙間から指を捩じ込んでくりっと取り出して交換するの。そうしたら私は本物で、ミヤは偽物になる。
盗んだことを気付かれないよう、取り出したらすぐに口に放り込んで隠すの。
秘密だらけのミヤ。両親に内緒でパパ活なんてして、親に対する反発と後ろめたさとを兼ね備えたミヤ。汚い大人をたくさん見てきたミヤの瞳は、口の中に入れた途端に苦く広がる背徳の味がすることだろう。
「萌?」
名前を呼ばれて我に返る。
私、今……何を考えていたの?
ミヤの瞳を見ながら無意識に思ったことにぞっとした。
「なんでもない……」
私は慌てて首を左右に振って、笑顔を作った。
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