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カラーコンタクト
自室の机に乗った真っ赤なパンプス。てっかてかに輝いて見えるエナメル素材のパンプスは、ミヤとお揃い。
その隣に置いてある未開封のコンタクトレンズ。2つ並ぶ箱の側面にはシールが貼ってあって小さな字でヘーゼルアイズと書かれている。
私はそれをもう30分ほど見てはにやにやが止まらない。
どうしても欲しかったもの。ミヤの足にピッタリと嵌まった真っ赤なパンプスと榛色の瞳。
見れば見るほど羨ましかった。ミヤをあんなにも綺麗に見せるのは、これのおかげなんじゃないか。そう思ったから。
ミヤと会う2回目の土曜日、私は自分で決めた通り、メイク動画で学んだメイクを自分に施して、ミヤに借りたウィッグを着けて高辻駅へ向かった。
家族には見られないようこっそり家を出て行った。
ミヤの連絡先も知らない私は、前回「今日と同じくらいの時間に駅で」そう言われた言葉を信じてミヤを待った。
10分遅れて現れたミヤは、既に綺麗に着飾っていた。ただ、前回と違うのは、ショートボブのウィッグを被っていたことと、すらっとした足に似合うスキニーデニムを履いていたこと。足を彩る赤いパンプスは変わらないように見えたのに、ほんの少しだけ違って見えた。
「赤いパンプスはいくつも持ってるの。これはヒールの高さが違う。デザインもちょっとね」
ミヤはそう言ったけれど、違いは並べてみなくちゃわからないほど。パンプスなんて履いたことのない私に見分けがつくはずがない。
本多さんもそうだけど、ショートヘアーでどうしてこんなにも可愛く見えるんだろうか。私なんて、男子女子にしか見えないのに。
メイクした私が少し女性らしく見えるのは、ミヤに借りたウィッグの効果も大きかった。地毛ではしっくりこなくて、躊躇なくウィッグを装着してきた私。
ショートボブが似合うミヤが羨ましかった。
「たった1週間で頑張ったもんね」
ハスキーボイスでミヤは言う。無表情だけれど、褒めてくれているんだと思うと嬉しくてたまらない。
胸がきゅっと締め付けられて、もっと褒めてほしくなった。
「ミヤに言われたように動画を見て練習してみたの。あんまり時間がなかったから、まだアイラインとかは綺麗に引けないし、すごく時間もかかるんだけど……」
「やってれば慣れる」
「うん。頑張ってみる。あの、これ……ありがとう」
私は、ミヤと会ってすぐ化粧ポーチを返した。化粧品を選んだことのない私にとっては、色んな色が並ぶポーチの中身がどれも宝物のようだった。
全ていい匂いがして、顔につける度にうっとりとした。自分用にお小遣いで買ってみようとネット検索してみれば、ミヤのメイク道具はどれも高額なブランド品らしく、とても私のお小遣いでは買えない品物だった。
散々使わせてもらった後で検索したものだから、今さら恐縮したって遅いのだけれど、せめて早く返さなければと化粧ポーチをバッグに入れる手も震えた。
「いらない」
ミヤは、スマホを取り出して私の目を見ないままそう言った。
「え?」
「メイク道具、持ってないんでしょ」
「も、持ってないけど……ごめん、ちょっと調べちゃったんだけど……すごく高いものみたいだから」
私は化粧ポーチを持った手を突き出したまま話す。ミヤは、私を一瞥して「もうメイクはしないの?」と言った。
その言葉に、私の胸はチクリと痛む。せっかく興味の沸いたメイク。動画を見るのも楽しいし、もっと色んな自分を発見してみたい。そう気持ちは強くなっていくが、それをするための道具がなければしようもない。
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