カラーコンタクト

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 ミヤはスマホの画面から顔を上げ、私の目をじっと見つめた。ずっともう一度ちゃんと見たいと思っていた榛色の瞳。吸い込まれそうなほど透明感のある綺麗な瞳。  釘付けになる。メイクも服も、腕にかけている小さな白いバッグも可愛いし綺麗。だけれど、どれもその瞳には敵わない。だってそれはお金では手に入らないものだから。  誰にも真似することのできない本物だから。  ごくりと唾を飲む。キーンと耳の奥で高い音が鳴り響く。  辺りは人が多く、話し声が飛び交っているはずなのに、何も聞こえないほどに私はミヤに夢中だ。 「……私も両親に与えられた服はどれも好みじゃない。花の刺繍が施されたカーディガンも、レースが派手なブラウスも、膝下丈のフレアスカートも」  眉を下げて微笑んだミヤ。その瞬間、THE,お嬢様な服装をしたミヤを想像した。もちろん今のミヤだ。けれど、実際は普段の篠宮美也子の姿でそれを着こなすのだ。  好みではない服を着て、優等生のふりをして、両親が理想とするの姿を演じる。そんなミヤと私、どちらが不幸だろうか。  全てがお下がり以外は私は自由だ。バスケはお金がかかるとわかっていてもやらせてくれた。お小遣いは少ないながらも毎月もらっているし、テストで赤点を取ったからといって萎縮するほど怒られるわけでもない。  ミヤの人生はどれほど窮屈なんだろうか。  そう思ったら何故か視界が滲んだ。ぶわっと熱いものが込み上げる。突然、ミヤがぎょっとした顔をして、バッグから取り出したハンカチを私の頬に押し付けた。それはとてもいい匂いがした。甘くて優しくて、心が落ち着くような匂い。 「なんで泣いてんの」 「わかんない……。なんか、悲しくなった。ミヤに会えて嬉しいし」 「どっち。わけわかんない」  ミヤはそう言って困ったように笑った。  その日、ミヤは私に連絡先を教えてくれた。少し話をして解散したけれど、来週も会ってくれると約束してくれた。  嬉しかった。週に一度だけ会える友達ができた気がした。ミヤにとっては迷惑な存在かもしれない。でも、私にとってミヤは特別だった。  3回目に会った時、ミヤは私にワンピースとロウヒールのパンプスを貸してくれた。駅のトイレで着替える私。ドアを閉めて、開けたら別人の私が登場する。  ショーウィンドウに写った私の姿はまるで別人で、浮き足立つのが自分でもわかる。 「私、萌が思ってる子とは違うと思う」  ミヤが不意にそう言い出した。夢見心地の私は、ミヤがなんて言おうとかまわなかった。私にとってミヤは特別。それは変わらないから。  日が長くなりつつあるこの時期は、待ち合わせ時間はまだ明るい。明るい中で見るミヤは別格だ。暗い中の妖しいミヤも綺麗だけれど、明るい中のミヤは雅やかだ。 「どんなミヤでもミヤだよ!」  そう言った私にミヤは「嫌なら帰ってもいいから」そう言って、高辻公園へと連れていった。道沿いの水道の前に立っていると、そこに1台の車が停まった。  黒色の乗用車だ。人気の車種らしく、どこでも見かけるハイブリッド車。  不思議に思っていると、ミヤは何の躊躇もなく後ろのドアを開けて乗り込んだ。  私はもちろん顔をしかめるし、首もひねる。だって、急なお迎えが来たら誰だって不思議に思うでしょう。  唖然としている私に「乗る?」とミヤ。屈んで運転席を見れば、お父さんよりも少し年上に見える男の人。 「……えっと」 「原田さん」  困り果てた私に、ミヤはそれだけ言う。原田さんってことは、他人であって間違いなくミヤのお父さんでも親戚でもない。知り合いだってことくらいはわかるけれど、詳細はなにもわからないまま。  灰色のワンピースと黒いパンプスを借りたままの私。そのまま1人、公園に取り残されるのも嫌で、私は躊躇いながらもミヤの隣に座った。  車のドアを閉めると、すぐに発車する。  車の中は、お世辞にもいい匂いとは言いがたかった。タバコの臭いと、おじさんの臭いがする。少し気分が悪くなりそうだった。  それでも隣からはミヤの匂いがする。鼻先の神経をミヤだけに集中させて、他の匂いから気を逸らそうと努力した。 「初めまして、エマちゃん。ミヤちゃんが珍しくお友達を紹介してくれるって言うから嬉しくてね」  運転席の原田さんはそう言った。 「えっと……」  エマちゃん? 頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。私はモエちゃんであってエマちゃんではない。人違いですよ。そう言いそうになりながらちらりと横を見れば、何も言うなという目でこちらを向くミヤ。
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