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「また時間ができたら連絡するね。原田さん、ありがとう」
「う、うん。時間ができたらすぐに連絡してね。他の男とは会っちゃだめだよ」
右の人差し指で下唇を触りながら、目を泳がせている。そう言えば、食事中もこんなふうに唇触ってたなぁと思い出す。この人の癖なのだろうかと思うが、見ていて気持ちのいいものではない。
それにどんな関係かは知らないけれど、他の男とは会っちゃだめだなんて何様なんだろうか。
不快感でいっぱいだけれど、それは口にしちゃいけない気がして黙ってやり取りを見ていた。
「当たり前だよ。ミヤのこと理解してくれの、原田さんだけだから」
「う、うん。じゃあ、これ。お小遣いね」
原田さんは助手席に屈み、財布を持つと、中からお札を出してミヤに手渡した。
「いつもありがとう。でもミヤ、いつも原田さんに迷惑かけちゃうからバイトしようかなって思ってるんだ……」
ミヤがお札を握りしめて言うと、原田さんは顔色を変えて「だ、だめだよ! ただでさえ忙しいのにバイトなんて始めたら余計に会えなくなっちゃうじゃないか!」と身を乗り出した。
私は思わず身を引くが、既に背もたれに寄り掛かっていたため、体はびくともしなかった。
「でも……」
「お金に困ってるなら頼ってよ。ミヤちゃんの力になりたいんだから。ほら、ね」
原田さんは更に財布から数枚お札を取り出してミヤの手に握らせた。
「……ありがとう。働いたら絶対に返すからね」
「いいんだよ。僕がミヤちゃんの力になりたいんだから。あ、エマちゃんにもお小遣いあげなきゃね。今日はありがとうね」
彼の視線がミヤから私に移ると、2枚お札を取り出し、私に渡してきた。
「え? あの……」
「エマ、原田さんの好意だから今日は受け取って。私が働いたらこの分もちゃんとお礼するから」
ミヤはそう言って原田さんの手からお札を抜き取り、私の手を広げてそれを乗せた。
手に広げられたお札を見て私は目を見開く。
福沢諭吉と目が合ったのだ。年に1回、お年玉でしか出会えない1万円である。千円札だと思っていた私は言葉を失う。
原田さんは機嫌よく帰って行ったが、公園で降ろされた私は、手の中の2万円を見ながら放心状態である。
ミヤはお札を重ねて斜めに少しずつずらすと、半分に折るようにしならせて手前に1枚ずつ捲る。7回繰り返したところでもう一度初めからやり直した。
「7万か……まあ、2人で9万ならいいか。いや、どうせなら10万くれればよかったのにね」
さらりとそう言ってのけたミヤを見て私は震えた。
「ね、ねぇミヤ……これってパパ活ってやつ?」
テレビやネットでは耳にしたことがあった。でも実際にやっている子を見たのは初めてだったし、まさか自分まで体験するとは思ってもみなかった。
「そう。こうやってお金貰って好きな服やメイク道具買ってるの。思ってたのと違ったでしょ?」
ミヤは眉を下げ、また困ったように笑う。
違った。多分ミヤは本当にお嬢様で、お金には困っていないんだと思う。きっとちゃんとしたお家で、欲しいものは何でも手に入る。
ただ、自分の好きな物は手に入らなくて、両親の勧める物を身に付けるだけ。だから、自由になれるお金が必要で、土曜日の夜だけの時間でお金を手に入れられる方法を考えたんだ。
良くないことだってわかっている。大人の男の人とご飯を食べて、お金を貰うなんて普通じゃない。だけど……。
私は、握りしめた2万を見つめる。これがあれば、羨ましかった赤いパンプスも可愛い服も買える。そう思ってしまったら、ミヤを責めることなんてできなかった。
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