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ミヤはバッグを持ち直し、「私は自分で自分の時間を作りたいの。そのためなら方法なんて厭わない。萌には理解してほしいなんて言わない。その服も靴もあげる。メイク道具も。だから、私にはもう近付かない方がいい」そう言って背を向けた。
私はまた泣きそうになる。こんなことをしなければ得られない自由。ミヤは、私よりもよっぽど不自由だ。
優等生で将来有望な彼女は、ほんの少し出来た檻の隙間でもがいて苦しんでいる。
ミヤは多分友達が欲しくても作らないんだと思う。誰にも理解されることのない行為を、理解してもらおうなどとは思わないのだろう。
私も理解なんてできない。でも、ミヤのことをもっと知りたい。そう思った。
「私ね、ミヤが履いてる赤いパンプスが欲しいの。ツヤツヤのキラキラのヤツ。それからその綺麗な眼も羨ましいって思う! 綺麗だって思う!」
全く答えになっていない言葉をミヤにぶつけた。ミヤは暫く振り返らなかったけれど、1分ほど経ってから「来週、一緒に買いに行く?」そう小さな声で呟きながらこちらを向いて、少しだけ笑った。
「それよりなんで私はエマなの?」
疑問に思っていたことを尋ねれば、「ひっくり返してみたけど、えもって変だからま行からとってエマにしただけ」そうしれっと答えた。
ミヤと4回目に会った時、ミヤが持っているパンプスと同じブランドのパンプスを買った。あまりにもヒールが高いと歩くのが大変だからと7センチヒールの赤いパンプス。
エナメル素材のツヤツヤした憧れのパンプス。履き慣れるまで時間がかかりそうだったけれど、嬉しさの方が勝った。
それから「私の目はあげられないけど、カラコンなんてどう? ヘーゼルカラーも売ってるはずだけど」とミヤが言ったから、駅近くの量販店でカラーコンタクトも買った。
お気に入りで何度も繰り返し見ていたメイク動画には、カラコンを使用している子もたくさんいた。不思議なことに、カラコン一つで印象ががらりと変わる。
私は昔から両目の視力が2.0のため、眼鏡もコンタクトも生まれてこのかた着けたことがない。眼球に異物を入れるという行為自体が初めてなのだ。
カラコンで目の大きさも色も変わる。それはとても憧れであり、興味深いのだけれど、コンタクトレンズを目に入れることが怖くて箱を開けられずにいた。
それでも帰りがけのミヤが「次は着けてきて」と言ってくれたことを思い出すと、上がる口角を抑えることができなかった。
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