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 しかめっ面のケイが、私の腕をぐいぐい引っ張る。私は引きずられるようにして校内の廊下を歩き、ほとんど人の出入りがない屋上へと連れてこられた。 「お前、なんで試合来なかったんだよ!」  予想はしていた。だけど、こんなに怒るだなんて思ってもみなかった。  先週の土曜日、インターハイの予選があった。レギュラーであるケイはもちろん出場するわけで、ダイちゃんもうちの家族も皆楽しみにしていた。  毎年誰かしらが試合に出るとなれば、ケイの家族とうちの家族とで応援に行く。恒例行事だった。  ダイちゃんとお兄ちゃんの予選も県大会も、私とケイの試合が被らない日はちゃんと見にいっていた。もちろん、私達にも試合があるわけで、応援に行ける時の方が少なかった。  しかし、今回の私は違う。バスケはとうに辞めていて帰宅部の私の土日は空いているはずだった。そして、ケイにとっては引退試合となるかもしれない大事な試合だ。  負ければ即引退。そんな大切な試合に家族が盛り上がらないわけがない。例年の私ならそうだった。そんな私が試合を観に行かなかったものだから憤慨しているのだ。  夏の日差しを受けて、Yシャツの白が余計に眩しく見えた。私は、胸元のリボンをくしゃりと握る。冬服は紺のブレザー、夏服は白のセーラー服。デザインが可愛くて、制服人気の高い高辻高校。  ケイと同じ高校に行くのが億劫だったものの、制服が家に届いた時には胸の高なりを感じた。  あと半年もすれば卒業する。その前の引退試合。おそらくケイだって私が応援に駆け付けるものだと思っていたに違いない。  嘘みたいに目を吊り上げて、責めるように私を見る。 「試合、勝ったんでしょ? よかったじゃない。だったらそんなに怒ることないのに」  私の正直な感想だった。試合に勝ったということは、順調に予選通過しているということだ。おそらく県大会が決まるまであと何校かとの試合がある。次があるのであれば、その時でもいいのに。  私は、軽く息をついた。 「負けてたら終わってたんだぞ!」 「絶対勝つって言ってたじゃん。皆、応援に行ったでしょ? お兄ちゃん、褒めてたよ。スリーポイントが綺麗に決まったって」  ミヤと出掛けてから帰ってくれば、リビングはえらく賑やかだった。私が浴室に駆け込んで、メイクを綺麗に落としてから合流すれば、話題はケイの試合で持ちきりだった。  私だって用事がなければ行ったはずだ。家族が皆で応援に行こうと言っている試合だもの。だけど、どうしても行けなかった。  この日は初めてカラコンを着けてミヤと会う日だったから。試合に行けば何時になるかわからない。負ければすぐに帰ってくるが、勝てば夕方までかかることだってある。  案の定、勝ち抜いたケイ達は学校に戻っての反省会もあり、家族も私が家を出るまで帰ってこなかった。お祝いに皆でお寿司を食べに行ったそうだ。  もしあの試合に行っていたら、ミヤには会えなかった。週に一度だけしか会えないミヤに会えなかったのだ。  私はどうしてもカラコンを装着した瞳を見せたかったし、すっかりお気に入りの赤いパンプスも見せたかった。  ドキドキしながら指先に乗せて、震える手で眼球に押し当てたコンタクトレンズ。恐怖のあまり何度か目を瞑ってしまって、思うように入らなかった。そんな初めてのコンタクトレンズから1週間が経ち、何度も練習してようやく付けられるようになった。  パンプスだって最初は安定しなくてぎこちなかったけれど、何度も歩いて靴擦れをして、ストッキングの下に絆創膏を貼って、それでも歩いてようやく少し様になった。  この成果をどうしてもいち早くミヤに見せたくて、逸る気持ちで会いに行ったのだ。正直、ケイの試合どころじゃなかった。
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