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ーー  いつもの待ち合わせ時間、少し遅れてくるミヤ。いつもと変わらない土曜日だけれど、いつも違って新鮮な土曜日。  先々週は小池さんというおじさんと食事をして5千円を貰った。そのあと少しだけ向島さんとドライブを楽しんで5千円をもらった。  先週は、原田さんと2回目の食事。今回は1万円しかくれなかった。その代わり、ミヤには10万円渡した。 「エマちゃん、ごめんね。エマちゃんももちろん大切なお友達なんだけど、やっぱり一番はミヤちゃんの力になりたいから」  そう言われた。不服なんてない。私はミヤについていくだけでお金が貰えるんだから。知り合いでもなんでもない人が、「若いね。可愛いね」って言ってお金をくれる。  オシャレをする前は、可愛いだけでお金が貰えるだなんて知らなかった。一緒にドライブして、食事をして笑ってみせるだけでお金をくれる大人がいる。  オシャレを知らなかったら、お金を手に入れる方法も知らなかった。たった2日で増えたお金を持って、今日はミヤと買い物に行く。  ミヤとお揃いの付け爪が欲しいのと、赤いパンプスによく似合うリップが欲しかった。ミヤが一緒にデパートに行こうと誘ってくれたから、私は心踊るまま赤いパンプスのヒールを鳴らした。 「萌!」  突然呼ばれた名前に体が震える。まさか、私じゃないよね? だって私、こんなにもちゃんとメイクして、綺麗な服を身に付けて、モデルさながらパンプスをカツカツいわせてるのよ。  誰が私だって気付くものか。今の私は、先週も先々週もエマなの。 「萌! お前、萌だろ!」  現実に引き戻されるかのように腕を捕まれた。それは、3週間前の昼休みと同じだった。  とっくに夏休みに入り、高辻高校の生徒とはめっきり会わなくなった。それなりに夏休みを満喫していたし、変わらず土曜日は待ち遠しかった。  Tシャツ、短パンというラフな格好のケイは、私の腕を掴んだまま顔を歪ませていた。 「は、離して……」  驚いて腕を振り払うこともできず、小さく呟いただけだった。体ごと後退り、腕を引く。けれど、反対にぐっと引っ張られて前に倒れそうになる。なんとか足で踏ん張って、体勢を整えた。  顔を上げてケイと目が合う。どうして私だってわかったんだろう。  ミヤに初めて声をかけた時、ミヤもこんなふうに驚いたのだろうか。 「お前、そんな格好で何してんだよ……」 「ひ、人違いです……」  今度はぱっと手を振り払ってケイに背を向ける。 「人違いなわけあるか。俺がお前を見間違えるわけないだろうが」  そう言われて、体がかっと熱くなった。一気に体温が上昇していくのがわかって、頭から湯気が出そうなほど。  ケイには見られたくなかった。普段は男勝りで、お兄ちゃんのお下がりばっかり着ている私。こそこそとメイクをして家族に気づかれないように家を出て、駅のトイレで着替えをする。そんな私を知られたくなんてなかった。  何でこんなところにいんのよ。先週、試合に負けて落ち込んでたくせに。先週も先々週も応援に行かなかった私に、今度はなにも言ってこなかったくせに。  何で今更こんなところで会うのよ。  私は疑問だらけになりながら、一生懸命言葉を探した。けれど、私が何かを発する前に、ケイは続けた。 「おばさんから聞いた。最近、土曜日になるとこそこそ家を出ていくって。俺の試合に来なかったのもそのせいだろ」  そこまで言われて私は返す言葉を失った。何も言わずに家を出て、数時間で帰ってきたと思ったら浴室に直行する。お母さんがそれをおかしいと思わないはずがない。  どうせお母さんのことだ。またケイに私の世話を頼んだに違いない。 「……だったら何? 大切な用事があるって言ったよね? 私、別にお母さんにもケイにも迷惑かけてない」  声を絞り出すようにしてようやく言えた言葉はそれだった。今から楽しいショッピングが待っていたはずだった。なのに、ケイの登場によって一気に興醒めだ。  ケイはまた目を吊り上げて「おばさん、心配してんだぞ! そんな格好してんの知ってんのかよ!」と声を荒げる。  道行く人々がケイの声に驚いて振り返る。それでもそんなことお構いなしのケイは「帰るぞ!」と言って私の手を掴んだ。 「いや! 今から買い物に行くの。時間がないの!」  再度手を振り払い、私は捕まれた右手首を左手でさすった。 「買い物……?」  怪訝な顔をしたケイは、そこでようやくミヤの存在に気付いたのか、一瞬目を見開いたあと、ミヤに向かって軽く会釈をした。 「連れ回してしまってごめんなさいね」  ミヤはいかにも申し訳なさそうな表情で言った。けれど、本当はそんなこと思っていない。ミヤの声は少し高く、原田さんと接する時と似ていたから。
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