からっぽ

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
彼は弟のような存在だった。 姉のようだと慕ってくれる、屈託のない笑みは突然この世界から消えてしまった。 血液の癌と呼ばれるその病を患い、治療をし、快方に向かうかと思われたが急変し、発症から僅か2ヶ月、彼はこの世界のどこからも消えてしまった。 「ねぇやん」と呼び、ふざけた顔文字を送る彼はいなくなってしまった。 人の死に泣き明かした夜は初めてで、ぶつけようの無い悲しみと、半身をもぎ取られたような、引き剥がされたような痛みと虚しさと、「なぜ彼が」と理由を求めてしまう怒りが腹の底から溢れた。 堪えきれない涙は人前でも零れてしまう。 理由を知らない人間からはどう見えるかなんて想像に固くない。 部屋の窓から見慣れたご近所を眺め、一晩泣き明かした。 もう、あいつはどこにもいないんだ・・・ どこにもいない、死という現実。 濃紺の空にはポツポツと小さな星が輝いていた。 空が橙に朱色、人ひとりいなくなろうが新しく始まる1日の訪れを告げる。 喉はカラカラになり、涙で顔はバリバリになっていた。 空っぽになった心と、朝焼けが街を包む様を見ながら、私は腹が空っぽだと思った。 命ひとつ消えてから気づく。 私は彼を好きだったのだと。 空っぽの腹に気づく。 どんなに悲しくても、生きている限り腹は減り、生きていかねばならぬのだと。 涙もう、止まっていた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!