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紅月の信念
ガタガタと風の国へ向けて馬車は走る。土の国の中心都市ブロンゴから風の国の中心都市レプスまではまだ距離がある。彼らの他には客がいないため広い荷台は閑散としている。
そのうえ馬車が走り出してからかれこれ一時間近く、3人は何も言わずに座ったまま身動きひとつしていなかった。
「……悪かったな。」
沈黙を切り裂いてリアンジュが一言漏らす。彼女はずっと俯いたままだ。
「あんたを傷つけるつもりなんてなかった。」
「気にするな。これくらいかすり傷だ。」
と紅月は笑う。あの後クレオンに手当をしてもらったものの、傷口からは未だに血が滲んでいた。
そんな彼女にリアンジュは自嘲的な笑みをこぼし言った。
「……あんたはすごいよ。オレの中には賢者に対する怒りしかなかった。復讐心と恨みと…憎悪だ。あんただって怒ってたろ?だけど…あんたは殺しは無意味だって言った。
……この世界は人殺しばかりだ。いつもどこかで戦乱が起きてるしエンチャンターや賢者のただのエゴでストッフの命が使い潰されてる。オレだって……仲間の命を奪った実験の被験者だ。でも…あぁ……そうだよな。本当は殺しなんて近くにあってはいけないものだ。……やってはいけないことなんだ。そんなものもわからなくなるくらいオレは……。」
そう言ってリアンジュは歯を食いしばる。俯いていて表情は見えない。
だが、彼女は泣いていた。ミアセラの行方を探す時に流したものとは違う。純粋な心からの……感情的な涙が彼女の頬を濡らしていた。
「辛かったろう。……だがな、リアンジュ。感情に呑まれては己を殺す。……私はよく分かってる。人殺しも何度もこの目で見た。救いようのない悪も何度も見てきた。だが、決して人の命を奪うような愚かな行為をしてはいけないんだ!
いかに苦しくても……悔しくても……命を奪えばそいつらと一緒の道に堕ちてしまう……。そいつらがまた悪を働くのならば何度だって止めに行く。何度だって叩きに行く……。それでいいんだ。根本的な解決にはならないかもしれないがな。」
と紅月は静かに笑った。そんな2人を少し離れた席でクレオンはじっと見つめていた。
『紅月……お前……。』
彼は彼女の過去を知っている。紅月は自分もその『悪』に含まれていると思って話している。
『私は人を殺すような愚かな行為は決してしない。それを貫いて生きていくつもりだった。だが……私は弱かった。守れなかった……老師の思いを踏みにじった。私は許されないことをした。……私は悪人だ。そんなやつをどうして助けた。あのまま私は獣として死ぬべきだったんだ。』
いつか彼女はそう言った。でも……紅月。君は死ななくてよかったろ。こうして相棒に君の信条を伝えることが出来ているじゃないか。
そして、こうも思った。
『自分には紅月のように何かを貫くという感情はあるだろうか。』
と。
リアンジュがペトラに飛び込んで行った時彼は何も出来なかった。ただただ彼女の行動を見ていることしか出来なかった。そう…まさに見ていることしか……。
彼の心にはなんの感情も湧いてこなかったのである。リアンジュの怒りも最もだとは思ったが『賢者に支配されるのなんて当たり前』という気持ちしか持っていなかった彼には『賢者を殺してやる』などという気持ちが理解できなかったのだ。
だからなのだろうか、リアンジュがすすり泣くのを紅月が抱きしめ、慰めているのを見ても嫉妬心しか湧いてこなかった。『早く紅月から離れろよ』という強い嫉妬心しか
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