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夢の中の人
「リアンジュ……!リアンジュ……!!」
紅月の声が静かな家の中に響き渡った。不思議なことに紅月は腕の中の人物の名を既に知っているようだった。全く動かない少年に向かって必死に呼びかける彼女はそばにいるクレオンが目に入らない様子でその『リアンジュ』に向かって叫び続けた。
「紅月……!おい紅月!しっかりしろ!無駄だよ……こいつは死んでる。どうしようもない。」
そんな彼女の姿にたまらずクレオンは呼びかけた。ようやくハ……っと気づいた紅月はフラフラとよろめくように床に膝をついた。
「そんな……馬鹿な……。私はまたこいつを救えなかったのか…どうして!」
彼はこれほどまでに憔悴しきった紅月を見るのは初めてだった。呆然としている彼女を放っておくのは心苦しかったが腕の中の少年をどうにかしなければ。
クレオンはひとまず奥の部屋にある診療台の上に少年を寝かせると急いで紅月の様子を見に舞い戻った。
先程よりかは少し落ち着いたのか彼女は静かに窓辺に座っていた。
「すまない。クレオン。私らしくもない……。少し取り乱した。まさか夢が現実になるとは思わなくてな……。『またいつもの夢のように死んでしまう』と思ったら体が勝手に動いていた。危険な目に合わせてしまったな……。」
「ああ……全くだ。結局助けられなかったのは残念だが。」
その言葉を聞いて紅月は目を伏せた。リアンジュ……あの少年の死がよほどこたえているらしい。
「……そんなに気落ちするなよ。人の死なんてこの世界では珍しいことじゃあないだろ……。」
「……わかっている。だが……あんなにも夢で死を見たあとで現実でも救えなかったのが悔しいんだ。……私があの夢を見ていたのは私にしかリアンジュを救えなかったからだったんじゃないかと思ってしまうんだ。それなのに私は夢の結末のように現実でも助けられなかった……。」
どうして……
そう繰り返しながら頭を抱える紅月にクレオンは何も声をかけることが出来なかった。
「紅月……。もう忘れろよ。悪夢はこれで終わりなんだ。」
ようやく出た言葉は慰めにもならないようなものでクレオンは自分の無力さを恥じた。しかし、彼には紅月の思いがわからなかった。
『どうして夢で見たくらいでそんなに他人のことを思える?』
そんな思いが頭を巡る。だが、これ以上彼女に声をかけるのははばかられる。クレオンは思ったことを飲み込んでそっと紅月にチョコレートを差し出した。
紅月はチョコが大好きだ。いつまでも落ち込んでいるなんて彼女らしくもない。紅月もそう思ったのか力ない笑みではあったが少し微笑んでそれを受け取った。
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