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守護の大剣
しばらく2人は黙ってチョコをつまんでいた。
この世界はとても死が近い。賢者によるストッフ迫害は留まるところを知らず無理やり能力を無効化され、なすすべもなく実験に利用されたり殺されたり捕らわれたり……残虐な行為が平気で行使されている。
そんな暮らしが何年も続き、いつしか皆死をなんでもないことのように思うようになっていった。
だが、死が当たり前の世界において紅月のように死にトラウマを持っている者は生きづらいだろう。彼女の心に寄り添うのが自分の役目なはずなのにまた何も言えなかった。とクレオンはますます自分が嫌いになった。
と、彼が自己嫌悪に陥っていると先程少年を寝かせた診療台のある部屋の方から妙な光が溢れだしていることに紅月が気がついた。
何事かと怖々2人が部屋の中を覗くと、驚いたことに少年の胸のあたりから七色の光が溢れ部屋の中を包んでいるではないか。
その光の中心で先程確かに息をしていなかった少年が胸を抑えて苦しそうに身悶えし喘いでいた。
「ぐ……あ……あぁ……!ま……た……」
と少年は呻き、起き上がると
「死なせて……くれ……ないのか」
と呟いた。身体中にあった痣は光が消えると同時に綺麗に消えていた。
暗い目をしたその少年は気がついてからしばらくぼーっと床を見つめていたが、ハッと顔を上げ、扉から今起こったことをただただ呆気に取られて見つめている二人を見て
「あんたら誰?」
と怪訝そうに聞いた。
数秒の間のあとその少年は自分の秘密を見られたことに気づいたのかニヤリと笑うと
「あぁそうか。あんたらこの宝石が目当てだったんだな。……どう?驚いたか?この通り。この宝石は人を不死にする。実際に見たら余計欲しくなっただろ。欲しければやるよ。さっさとオレを殺せよ。」
と吐き出すように口に出した。
余りのことにしばらく呆然と見つめることしか出来なかった2人であったがようやく言葉を発したのは紅月が先だった。
「……もう……無事なのか……どこも悪くないのか?本当に……?」
声をつまらせながらゆっくりと近づいてくるその人にリアンジュは不審感を露わにしながら距離をとった。
「な……なんだよ。あんた。さっき言っただろ。オレは……そうだな。もう大丈夫だ。こんな怪我くらい…すぐに治っちまうんだよ。なんにもしなくったって……。」
リアンジュが言い終わる前に紅月は彼女(リアンジュはどうやら少年ではなく少女だったらしい)を抱きしめていた。
「あぁ……よかった。本当に……。」
その後の言葉は嗚咽で掻き消えた。
リアンジュはいきなり飛びついてきたその人になすすべもなく、まだ扉の外でもっと呆気にとられながらこちらを見つめているクレオンに助けを求めるように困惑した目線を送った。
「な、なぁ。おい。メガネ!あんたさぁ……この人……どうにかしてくんね?ってか……どうしたんだよ。この人。」
と声をかけられようやく気がついたクレオンは咳払いをしながら紅月の肩に手をかけた。
「それくらいにしろよ。紅月。困ってるだろ……。」
クレオンは内心複雑な気分だった。
『僕は紅月の手すら握ったことないってのに……どうして赤の他人を抱きしめたりなんかしてんだよ紅月……』
そんな気持ちが溢れて止まらない。夢でしか会ったことないんだろ?どう考えても他人じゃないか。しかもどういうわけかこの少女、武器も何も持っておらず暗い瞳には光がない。さっきも『殺せ』などと口走る……
『まさかこいつ……死ぬためにあの荒野へ?』
だがなぜ獣に襲われて死ぬなどという回りくどい手段を選ぶのだろう。……酷く痛いし恐怖もあるだろうに。……いや……というか……紅月?お前いつまでこいつにくっついてる気なんだよ!
彼に声をかけられようやく自分がリアンジュを困らせていたことに気がついたのか紅月は頬を赤く染めながら手を離した。
「す……まない……。」
いつもは見せない紅月のそんな表情もまた、クレオンの心をザワめかせた。
『なんなんだよ。』と彼はイライラしながら考える。『どう考えてもおかしいだろ。なんでこんな奴に。』
だが、紅月の前だ。ここは冷静にならねば……。
「珍しいな。紅月。お前がそんなに感情的になるところは初めて見た。そんなにこいつが気に入ったのか?」
「……あぁ。いや……。こいつが生きていてくれてほっとして……。おかしいな。自分でもわからない。」
そんな2人のやり取りに、また元の不貞腐れた態度に戻ったリアンジュは鼻を鳴らしながら不満げに口を開いた。
「なぁ。あんたらなんなんだ?片方はいきなり飛びついてきたりなんかするし。敵じゃないならどうしてこんな誰もいない荒野の近くになんか住んでんだよ?……チッこっちはいい迷惑だ。あのまま放り出してくれてればオレは死ねたかもしれねぇのに。まぁいいや。別に興味ねぇから。世話になったな。回復したからオレもう行くよ。」
さっさと話を終えるとリアンジュは診療台から飛び降りた。
玄関へ向かおうとするのを紅月が慌てて呼び止める。
「ちょっと待ってくれ!」
「なんだよ。もう放っておいてくれねぇ?」
「いや。放っておくわけにはいかない。お前の旅に私も同行したい。……お前を護らせて欲しい。頼む。」
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