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砂の海
「……一つだけある。」
そうだ!あの人なら。
クレオンのその一言に紅月はぱっと目を輝かせた。リアンジュも嘘だろ?というように彼の方を見やる。
「紅月。師匠のことは前に話しただろ?あの人の能力を貸してもらえればリアンジュが宝石を埋め込まれる前の時間に体内の時間を戻すことが出来るかもしれない。」
「そんなことができるのか?」
とリアンジュは驚きの声をあげる。
「恐らくは……。あの人の力は巻き戻しと早送り。あらゆるものの時間を操ることが出来る。でも…協力してくれるとは限らないんだ。なにせすごい気まぐれな人だからな。でも…任せろ。僕がなんとか言ってみせる。」
「そうと決まれば……お前の力ならその人のところにすぐに飛べるだろ?……行こう。リアンジュ。助かるかもしれない。」
紅月はリアンジュに手を差し伸べた。
「飛ぶ……ってどういうことだよ?」
彼女の手を握りしめながらリアンジュが言うのを、まぁ見てなというようにクレオンはニヤリと笑う。
『僕の能力も存外捨てたものじゃないのかもしれないな。』
師匠、ミアセラの家ならばハッキリと思い描くことが出来る。赤い屋根にオレンジの窓。白い柵で囲まれたこじんまりとした庭にはバラが一面に植わっている。賢者の家にしては落ち着いた小さな家だった。
『懐かしいな。退職してから会うことも無くなったし……手紙も交わさなくなってからしばらく経つ。師匠は元気だろうか。いきなり押しかけて迷惑にならなければいいが……。』
だが、今はそんなことは言っていられない。人命がかかっているのだから。
ストっと3人が着地したのはクレオンが思い描いていた場所とは随分と異なる地点だった。
「うわ……っと……お前の能力すげぇな……。でも……おい…メガネ。こんなところに人が住んでるのか?」
リアンジュが困惑するように隣に立つクレオンを見やった。見渡す限りの砂漠。草木の一本も生えていない砂の海。3人はその真ん中に立っていた。
「おかしい……。師匠の家の場所を間違えるはずがない。確かに来なくなって5年は経っているけど何度も訪れた場所なんだ。座標を間違えるはずがない。」
混乱するクレオンを落ち着かせながら紅月は周囲を見渡した。
彼女はクレオンの能力に絶大な信頼をよせている。今まで彼が間違った地点に飛んだことは一度もなかった。ならば、ここは本当にその師匠の家のあった場所なのだろう。だが、なぜ砂の海に呑まれている?
「……気をつけろ。クレオン。リアンジュ。もしかするとこれは何かしらの罠の可能性が高い。私達がリアンジュを救うためにここに来るとずっと前から見越してミアセラを先に捕らえた上で私達をも捕まえようと何者かが見張っているのかもしれない。」
紅月の言葉が終わるか終わらないかのうちに遠くの方から馬を駆ける音が聞こえてきた。
敵か?紅月はいつも身につけている大剣をかまえ、クレオンは懐にしまってあった銃を取り出した。リアンジュもスっと格闘の構えの姿勢に入る。
しかし、どうやらやってくるのは1人のようで武器らしいものも持っていないようだった。
「誰だろうな。」
とクレオンが呟く。
「さしずめ、この国の守衛隊のやつだろうぜ。なにせオレ達は言ってみりゃこの国に不法侵入したようなもんだしな。」
「どうして入ったことがバレたんだろう。」
「防衛線が張ってあるのは当たり前といえば当たり前だな…。迂闊だった。少し気持ちが急いてしまったようだ…考えればすぐわかるはずだったというのに。」
と紅月が悔しげに口を開く。
「あんたの言うように罠だったらどうする?すぐ火の国に戻ればなんとかなるけど。」
「いや…師匠の行方が知りたい。危険になったらすぐに逃げるがもう少し様子を見よう。」
とクレオンは近づいてくる人影から目をそらさずに言葉を続けた。
その人影は『こんなところに人がいるなんて珍しいな』と言いながら彼らの前で馬を止めると
「あんたらどうした?道にでも迷ったか?」
と彼らの予想とは反する軽い口調で話しかけた。
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