プロローグ

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プロローグ

……2年前、僕はある"バケモノ"に出会った…… クレオン・メルクーリは火の国に住む研究者。 彼は数年前にある病理研究所で働いていたがそこを退職し、今は『鬼炎(きえん)』という病について独自の研究を重ねている。 『鬼炎』とは後天性の病であり「怒り」という感情で暴走し制御が効かなくなってしまうという非常に珍しい病である。 ちなみにこの病はいわゆる風土病に近く、ある特定の地域でしか症例がない。 そのため治療法はおろかどのようなきっかけでこの病が起こるのかもわかっていなかった。 彼がこの病の研究を始めたのはある偶然がきっかけである。 それまで彼は生きる気力を見いだせずただただ無気力に生きてきた。 病について研究を始めたのは自分が病気がちで体が弱かったからだが自分の体質についてはどうすることも出来ず『自分はどうせ長くはない。生きていても仕方がない』と1人他人から離れ静かに余生を送ろうと決めていた。 しかし、『君に面白い症例を紹介してやろう』という知人の口車にまんまと乗せられ出会ったのが紅月であった。 雅野紅月(みやびのあかつき)。出会った頃は19歳。 黒髪をひとつに結び、凛々しい顔立ちをしたその少女は14歳で国を守る騎士隊の隊長となり、多くの戦果を上げてきた。 人望も厚く、多くの人々に支持されてきた彼女がなぜ突然『鬼炎』になってしまったのか。 理由は誰にもわからなかった。 突然現れた『鬼』に人々はなすすべもなく、街が丸ごと燃やし尽くされたと彼は聞いている。 その姿から『禍月(マガツキ)』と噂されていた彼女だったが火の国の兵士は優秀ですぐに紅月は捕らえられ、監獄という名の檻へと押し込まれた。 初めて出会った彼女はあまりにも悲惨な状況でクレオンは 『きっとこいつは助からないだろう』 と即座に思った。 『師匠も酷い案件を寄越したもんだ。僕が興味を持つ?こんな傷だらけの死にかけの獣に?冗談だろ……。』 柵越しに見る彼女は鎖に繋がれ傷だらけ。右の瞳は魔物か……それとも人の仕業か……大きくえぐれて未だに血が止まっていなかった。 そこからこぼれ落ちる血で床に大きな血溜まりができている。 首をうなだれ息をするのもやっとという程だが、それほどまでに酷い怪我だというのに紅月はクレオンが檻に近づくと鎖が引きちぎれんばかりの勢いで立ち上がり低い声で唸り声をあげた。 しかし、その獣のような姿とは対象的に彼女の表情は不思議と人間らしく冷静でそれが逆に恐ろしくてクレオンは思わず立ち止まった。 『こいつにはまだ理性があるのか?まさか……でも……ただのバケモノじゃない。』 頬を涙で濡らしながらこちらを見つめる紅月が 『ここから出してくれ』 と懇願しているようで気づいた時には彼は 『僕にこの獣を譲って欲しい』 と監獄長に掛け合っていた。 当然、監獄長は 『こんな手に余るものを?』 と怪訝そうな顔で紅月を受け渡した訳だが当のクレオン本人もいざ紅月を家に招き入れて 『どうしてこんなものを』 と自己を呪った。なにしろ彼女の手当ですら重労働だったのだ。 大怪我をしているにも関わらず暴れ回ろうとする彼女に傷だらけになりながらもなんとか鎮静剤を撃ち込んだところでようやくクレオンは冷静になった。 『……これからどうしよう……』 しかし、悩んだところでまた監獄に戻そうという気は起こらなかった。 一度取りかかった仕事は最後までやる。それがクレオンのポリシーだった。 そんなことがあってから早くも2年が経とうとしている。初めは理性もなく獣のようだった紅月も驚く程に回復し、人らしさを取り戻した。 正直クレオンはここまで彼女が回復するとは思っていなかったので驚いた。そしてもっと驚いたことに自分が紅月に好意を持ってしまっていることに気づいたのである。 初めは自分の研究対象として『買った』にも関わらず。 『おいおい……そんな……嘘だろ……』 と自分でも思ったが徐々に紅月が人らしさを取り戻して行くにつれて彼の気持ちは強くなっていった。いつしか紅月の存在はクレオンにとって生きがいになっていた。
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