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 ナルセは緑色の泉を指で示した。ここがセーブポイントなるものらしい。そして彼は、地に額をつきそうなほどに深く頭を下げた。サタナエルはそれを見て、ふぅん、とゆがんだ唇で笑った。 「良い度胸だ、魔の王ベルゼビュートの娘サタナエル……この完璧で美しいわたしを、無理やりに召喚するとは! 一か月前からずーっと楽しみにしていた誕生日パーティを強制キャンセルさせてまでな!」 「え、今日誕生日なんですか? なんかすいません……」 「誠意がこもってない! なぜわたしが、見ず知らずの人間に協力せにゃならんのだ! こっちは悪魔だぞ? 故郷の魔界の危機ならともかく、人間の世界なんて知ったことではないわ! 勝手に滅んでろ」 「そんなぁ!」  ナルセは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。  本来ならば、こんな小者に狼藉を働かれたら、粉も残らないほど瞬殺している。しかし、サタナエルは耐えた。  サタナエルをこの世界に召喚したのは、この少年の関係者だという。今ここで奴の息の根を止めたら、元の世界に帰る手段を失うかもしれない。勇者を名乗っているが、ただの脅しだ。 「おまえだって、自分と全く関係ない場所だろう?」 「最初は関係なかったけど、一年も住んで友達ができれば、情も移りますよぉ」 「怪しいな。ナルセとやら、なぜこんな最後の最後で一緒に戦うやつを探しているのだ? 簡単に見つかると思っているのか? 今までの旅の仲間はどこへ行った?」 「うぐ、みんなにはこの洞窟の途中でリタイアさせて、故郷に帰ってもらいました」  ナルセは頭を下げるのをやめて、足を崩し、その場に座り直した。苦楽をともにした旅の仲間を思い出しているようだ。 「僕だって別れたくなかったんです! 長い旅を一緒に乗り越えた仲間たちと!」  ナルセは目に涙をためて、悔しそうに横を向いた。サタナエルは鎌を構えた姿勢のままで、仕方なくナルセの話に耳を傾けた。  ナルセの仲間は、戦士、僧侶、魔法使い。絵に描いたようなパーティだった。ナルセ以外は、なぜかみんなマッチョの大男だった。  最も古株のメンバーは魔法使いだ。召喚術に長けている彼こそが、召喚魔法で異世界からナルセを呼び出した張本人なのである。  女性は一人もいなかった。異世界にやって来た救世主って、かわいい女の子が次から次へと集まってきて、モテてモテて仕方ない、一大ハーレム王国を築くものではないのか!?  ナルセは胸中でぼやいたが、今ではすっかり諦めた。よく考えれば、危険な旅に女性を連れて行くのは気が引ける。  ナルセたちは一年かけて修行に明け暮れ、寝ても覚めても魔物を狩り続けた。知性のない魔物とはいえ、こんなに大量に殺傷している勇者とは何なのかと疑問を覚えるほどに。やがてパーティは、中級魔物なら一撃で葬れるほどの強さを手に入れていた。  装備もアイテムも完璧に整えて、いざ一路、『さいごの洞窟』に足を踏み入れた。  備えが幸いし、最後の休憩地点である『聖者の泉』までたどり着くのに、それほど苦労はなかった。ちなみにこの泉の水を飲めば、体力も魔力も全回復し、さらに『セーブ』できる。セーブすれば、ラスボスに全滅しても何度もセーブポイントに時を戻せる。『やり直し』が可能なのである。  ナルセが住んでいた元の世界では、時間は先にしか進まない。人生は一度きりであり、悔やんでも過去は取り返しがつかないものだった。その都合の良すぎるシステムを耳にしたときは、そんなバカなと悩んだが、今や慣れきって、『中ボス』と呼ばれるような強めの魔物と戦うときに有効活用してきた。しかも、記憶はすべて引き継がれる。負け戦の中で取得した敵の情報を次に生かせるので、繰り返すほどこちらに有利になっていく。 「覚悟しろ!」  勇者秘伝の魔法、フォルティスオーラを唱える。その固い鎧には、擦り傷程度しか付かない。こんなことってあるだろうか? このために一年間も、厳しい冒険をしてきたのに。  一度目の決戦、あっけなく全員が戦闘不能に陥り、ラスボスは哄笑し、世界は滅びた。
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