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事情はわかったが、どうにも調子が狂う。こんなに馬鹿正直に話して、悪魔に協力してもらえるとでも思っているのだろうか。
「ふん、ちょうど退屈していたところじゃ。力を貸してやらんでもないのう」
「本当ですか!」
背中に生えた黒い羽根をはためかせて、サタナエルはブーツのかかとを浮き上がらせた。ハーフアップにした長い赤髪が揺れ、ドレスの黒いレースも揺れる。サタナエルは上から見下ろす格好で、ナルセにほほえんだ。
「のうナルセ、なんの見返りもなくわたしがおまえのために動くとでも思っているのかね? それ相応の礼をしてもらわにゃ――」
「お金ですか? お金なら銀行に5000兆ビル預けてあります」
「この世界の金の基準わからないけど、それめちゃ多くない?」
「ええ。レベル上げのクエストを毎日毎日延々とやっていたら、いつのまにか大金持ちになっていました。僕も仲間も、カジノなどの賭け事が苦手で……。装備も最強にそろえてしまったし、もう使うところないんですよね。ラスボス倒したあとでよければ、お渡しします」
「いや、この世界の金などもらってもな……わたしは魔王の娘。金なら実家に腐るほどある」
「じゃあなにを……?」
「ふん、決まっているだろう」
「イケメンにちやほやされる?」
「ばかものがぁ!」
実はちょっぴり図星だったので、ナルセに真顔で言い当てられて、動揺し羽根をパタパタさせた。
「愉楽に決まっておろう! 人生とは死ぬまで楽しむためにあるのじゃ。遊んで遊んで、この世の悦楽を味わい尽くす。魔界では、城の連中はわたしに忖度するからのう」
ちょうど刺激を求めていたところだ。異世界で、新しい遊びを体験するのも悪くない。
「というわけでおまえ、今すぐ、この世界の歓楽街に案内しろ。もちろんわたしが満足しなかったら協力しないからな」
「急いでるんですけど、ラスボス倒してからじゃだめですか?」
「倒す前に遊ぶに決まっているだろう!」
「あのう、この世界、もうあと数日で滅亡するので、観光地とか行楽地は、今行ったところで意味ないと思うんですが……。それより一分一秒を争う事態で」
「なんだそんなことか。大丈夫じゃ。ラスボスもおまえと戦う前に世界を滅ぼさないだろ。勇者が自分を倒しにやって来るなんて、最も気分が盛り上がる最高の祭り。待ってくれるじゃろう。むしろ待たせておけ。焦らせ」
「そ、それは……一理ある、かなぁ……?」
ナルセは首をひねっている。
「と・に・か・く! わたしに仲間になってほしいなら、それ相応の対価が必要じゃ。ラスボスに挑むなど、命をかけるほどの大仕事。知り合ったばかりの他人のためにやるわけないだろう。さあ、この悪魔のわたしに忠義を尽くし、わたしを心行くまで喜ばせてくれたまえ。誕生日のケーキとディナーを食い逃したわたしに、それ以上のおいしいグルメをごちそうしてゲームの相手をし、肩を揉み、靴を舐めるがよい! ふは、ふはは、ふはははははははァ」
ナルセは肩に乗せていたラビットうささを手前に引き戻して、相談するように顔を寄せた。うささはこくんと頷いている。言葉が通じるはずないのに、会話が成り立っているように見えた。下級とはいえ、魔物をここまで懐柔するとは、見た目に反してとんでもない奴なのかもしれない。
「わかった。と言いたいところだけど、もう二人の意見も聞こうかと……」
「は? ふたり?」
後ろ後ろ、とナルセが手振りと視線で伝えてきた。浮かんでいたサタナエルは地に降りて、背後に振り向く。
先ほどまで倒れていた一人の青年と一匹の獣人が立ち上がって、こちらを見ていた。
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