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 そこでサタナエルは初めて気づいた。召還された『悪属性』の者は自分だけではない。自分と獣人と青年の三者だったのだ。確かにラスボスに立ち向かうには、手数は多いほうがいい。 「倒れながらも意識はあったから、話を聞かせてもらったが……」  獣人は言葉をしゃべった。雪のような銀色の体毛に覆われた身体は、二メートル半ほどもある。細やかな目や頬の表情から、高い知性と、血の気の多さを感じさせる。  つまり、怒っていた。  サタナエルは急いで壁際に逃げて座り込んだ。 「勝手に呼び出して魔物退治に協力しろだの、人間風情がほざきやがって。おれの平穏な昼寝を……邪魔するんじゃねえー!」  ナルセがなにか答えようと開けた口に、獣人は拳をたたき込んだ。ナルセは人形のように吹っ飛ぶ。さらに、獣人は腕を掲げて氷の細かな刃の群を繰り出し、倒れたナルセに浴びせた。 「えっ」  サタナエルは口を押さえた。  獣人は勇者ナルセを一撃で倒してしまった。一年も修行して最高レベルになった勇者を、瞬殺した。瞬殺? 容赦なく息の根を止めたのか え? え? う、嘘……。  サタナエルはゆっくりとナルセに近寄った。頸動脈にそっと指を当てる。何秒か待つ。 「し、死んでる……」  勇者がいなくなったこの世界は……どうなる? 「獣人よ、貴様、そいつを殺したのか」  用心して距離を取った場所から、青年が尋ねる。彼のハスキーで高めの声音は、魅惑的だった。  整った顔を隠すようにマフラーを巻いている。長く伸ばした金髪を緩く結び、背中に垂らしていた。彼も『悪』として呼び出されている。 「ああ。ふざけたヤローだったからな」 「すべての元凶、源である勇者がいないとなると、我らは元の世界に帰れまい。なんてことをしてくれた?」  冷静に見えるが、かなりご立腹のようだ。端々から殺気がみなぎっている。 ふたりともめちゃくちゃ強いのでは? サタナエルは嫌な予感で足先がびりびりした。  ここで獣人と青年が本気で争ったらまずい。洞窟が崩落する。 「ま、まあまあまあまあ。待て待て。大丈夫だ、無益な争いはやめたまえ、諸君。勇者が召喚魔法を使ったわけじゃない。召喚したのは仲間の魔法使いだ。故郷に戻っているらしい。そいつを探して頼めばいいではないか!」  サタナエルはわざと明るく手をたたいて、二人のあいだに立って提案した。青年が冷たく目を細める。 「すぐ見つかるか? 名前も顔も、故郷がどこかも分からないのに?」 「……見つけるしかない。緊急事態だ、手を組むぞ。わたしはずっと勇者と話して、いろいろな情報を得ている!」  サタナエルは場の空気を和らげるために、獣人と青年に公平に笑顔を向けた。美少女が微笑めばどんな人類でもイチコロのはずだったが、両者とも露ほども興味がないようで、気が抜けたシャンパンのような視線を向けられる。こんなはずでは……。魔界では市民の誰もがサタナエルに憧れて、謁見できるだけで泣いて喜ぶのに……。  気を持ち直してサタナエルは、絶命したナルセの近くに置かれているリュックサックを手に取った。中身を探る。ナルセは細かい性格だったらしい。日持ちのする食料、飲料を中心に、魔法道具らしきカラフルな石や、薬草、魔物図鑑、懐中電灯、地図、手書きの字や絵がぎっしり詰まったノートなどが詰め込まれていた。そして大事な銀行手形の紙片も。ナルセ以外にお金が引き出せるのか疑問はあったが、こちらは悪だ。恐喝すればいい。  ナルセの話では、ラスボスの破壊衝動によってあと数日中にこの世界は跡形もなく滅びる。このままでは巻き込まれる。  だが、数日あれば魔法使いの召喚士は見つかるだろう。  ナルセが残したノートには、冒険に役立つ様々なメモが書き込まれていた。文字は読めないが、幸いにも、仲間の情報がイラストで表現されている。すぐに、白い長衣を着たマッチョな男の絵を見つけた。杖を持っているし、魔法使いだろう。 「これじゃ! こいつを探す!」  天高くノートを掲げて宣言する。と、サタナエルの肩に重いものがずっしりと飛び乗ってきた。見た目はふわふわで軽そうな、ラビットうささ。実際に肩に乗ると、平気でいられないくらいの重量だ。五キロはあった。あの勇者、よくこいつを頭とか肩に乗せてたな……。 「えっ……おまえも来るの?」 「がらがら!」  うささは元気に鳴いた。
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