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扉の奥で待ち構えているラスボスを無視して、ナルセの遺体も放置し、サタナエルたちは『さいごの洞窟』を脱出した。
洞窟の後ろ側には山岳地帯が広がっているようだが、空が闇で覆われ、ほとんどなにも見えない。不穏な風がびゅうびゅうと吹いて倒れそうだった。
明かりの灯った集落が見えたので、足場の悪いなか、三名はそこに向かって歩いた。あと数日で世界が滅亡するというのは、冗談ではないようだ。
村に着き、居酒屋にいる人々に尋ねると、すぐに魔法使いの居場所がわかった。ナルセたちの情報は口コミで広がっているらしかった。
銀行で(係員を脅す形で)ナルセの貯めたお金を全額引き出すと、三人はうささをつれて馬車に乗り、魔法使いの住む街スタリーポリスに急いだ。このイルティエ王国の首都で、相当な都会らしい。歓楽街が期待できた。
道中、日が暮れたので宿で一泊したときに、サタナエルと獣人と青年は、お互いの生い立ちや職業などを話した。
三人とも酒の席が苦手だったので、スイーツバイキングにお茶飲み放題をつけた。
獣人が元いた世界では、獣人族は人間に奴隷のように扱われていた。どんなに懸命に働いても、上前をはねられ、手元に残るお金はわずか。その上で税金も取られるのに、還元されるのは人間ばかりだった。鉱山や工場といった厳しい環境の職場で、ぼろ布のような扱い。ある日獣人は、いつものように税金を徴収しにきた人間をひとおもいに殴り倒し、捕まる前にひとりで町を出た。
森に住み、自力で家を建てて魔物たちの良き隣人として暮らした。半妖は、人側に心を寄せることがほとんどだが、彼の心は、獣側にあった。親につけられた名前を捨てて、今は名もなき獣人だという。
「名前がないと、呼ぶときに不便じゃのう。ではこのサタナエル様が直々にあだ名をつけてやろう。泣いて喜ぶがよい」
「やめろ!」
獣人は嫌がったが、サタナエルは勝手に話を進めた。獣人にケモケモというあだ名を付けた。センスが悪いとさらに非難を受けたが、気にせずに丸め込んだ。
「でもよかったのう、わたしは人間ではない。見ての通り美少女悪魔じゃ。安心するといい」
「私もこう見えて人ではない」と、それまで黙って話を聞いていた青年が、口を開いた。
「――ヴァンパイアだ。名はユジーヌ。見た目は人と変わらないし、この恵まれた容姿を使って詐欺師をしている」
「え? ヴァンパイアってふつうにご飯食べるのか? それに、昼の光に当たると砂になって死ぬんじゃ?」
「この世界は、太陽が死んだように隠れているからな。おかげで快適だ」
ユジーヌはキウイのタルトをフォークで切り分け、上品に口に運ぶ。サタナエルと獣人が、すでに満腹を感じて、ちびちびと紅茶のおかわりをしている中で、彼だけは次々と新しいケーキをとってきて、丁寧に食べ続けていた。
「食べることは好きだ。とりわけ甘いものを好む。人間の血液は、ヴァンパイア専用の業者が売買している。定期購入して飲んでいるので、充足している。誰かを襲うこともない」
「でも、こっちに来てからは?」
「問題ない、召喚を受ける直前に血を摂取していた。あと一月は余裕で持つだろう」
詐欺ってどんな手口でやっているのか、と聞くと、ユジーヌのいた世界はだいぶ文明が進化しているようで、コンピュータ? インターネット? とやらを駆使するそうだ。直接相手に会う必要もないという。
カーテンの締め切った部屋で昼間は眠り、日が落ちてから起き出す。時間を選ばずにできる仕事は、ヴァンパイアには適職だという。
話の花は咲いて枯れることなく、夜が更けていった。
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