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 翌日、目的地の都市に到着すると、例の魔法使いを無事に確保した。町のコーヒーハウスに拉致し……もとい連れて行き、窓際の丸テーブルに着く。  マッチョに鍛えた魔法使いは、白い長衣の胸元が張り裂けそうにパツパツになっていたし、頭部が大きいため、フードもあまり似合っていない。  吹き出す額の汗をぬぐいながら、魔法使いが言う。 「あなた方を元の世界に戻すのですか? あのう、まだ空は大いなる闇に覆われています。是非とも勇者とともに、ラスボスを倒してもらいたいのですが……」  もちろん、ナルセがすでに亡き者であることは伏せておいた。 「ばかか? そんなの協力するわけないじゃろう。こっちは『悪』だぞ。なぜ貴様らに手を貸さないといけない?」  サタナエルが一喝した。魔法使いは、ぐうの音も出ないようだ。 少し気になるのだが、と獣人は魔法使いに尋ねた。 「悪属性を持つ屈強な、人の言葉の通じる者――がおまえたちに必要なのは、なんとなくわかった。だが、なぜ我らが呼び出されたのだ? どんな基準で選出する?」 「あのう、こう言ったら身も蓋もないですが……この魔法、完全にランダムなんです。誰がでるのか、さっぱりわからない召喚。全世界、あらゆる次元の場所から、『悪』という属性だけに絞って、無作為に選ばれます。つまり、僕が選んだわけではない」 「えっ?」  サタナエルたちは同時に顔を上げた。コーヒーカップをソーサーに戻し、身を乗り出す。  魔法使いは注視され、また汗をハンカチでぬぐった。 「実は……ここだけの話、本当は勇者だって、誰でもいいんですよ。異世界の、『善』属性を持つ平民の中から、無作為で召喚しました。勇者になるには、一年間の厳しい修行が必要です。で、まあ、それさえ出来れば勇者の称号を得て、特別な技を使えるようになる。でも、地元の人間たちはそんなことしたくないんです。世界を救うためとはいえ、なぜ自分が犠牲に? って思いますよね。辛いし面倒だし命がけだし、生活も仕事もある。なので、異世界から、なにも知らない若者に来てもらうわけです。勇者とおだてれば、その気になってくれますから」  なお、魔法使いを始めとする勇者の仲間三名もまた、国で最も優秀で才気のある者が王様から勅命を言い渡されて、決定される。そこに拒否権はないという。  なるほど、けっこうあくどいことをしているわけだ。だまされて修行して勇者の技を身につけ、研鑽してレベルもマックスまで上げたあのナルセとかいう努力家の少年。  獣人がアイツをものの2秒で、さっくりと殺してしまったわけか。いや強すぎないか。サタナエルは密かに獣人を横目で見た。こいつ本気出せば、ラスボスも2秒で倒せるんじゃ……。勇者いらないレベルでは……? 「お、おい……悪魔の娘よ……」  気づけば獣人は、剛健な巨体をぷるぷると震わせていた。 「ん? どうしたケモケモ?」 「ケモケモって言うな!」  うなり声をあげながら照れる獣人は、こうして見るとなかなか愛嬌があって悪い印象ではない。 「お、俺さ、やばいことしちゃったんじゃないのか? 大丈夫か? そんなこと知らずに、あのときムカついたから軽くポンって殴ったら、あいつぐったり動かなくなっちまって……」 「!? なっ……あなた、まさかナルセを! そんな」 「声がでかすぎて聞こえちゃってるよ!」  獣人はサタナエルに耳打ちしたつもりだったようだが、周囲に丸聞こえだった。魔法使いが真っ青になって両耳を抱えている。どう見ても、「ぽん」なんてかわいい擬音で表せるような殴り方ではなかったと思うが……、獣人にとってはそうだったのだろう。  けれど、サタナエルはそれを聞いてもなんとも思わなかった。彼女は根っからの悪魔なのだ。生まれながら、本能が『悪』なので、人を殺すことをなんとも思わない。それにナルセが言っていたではないか。『何度でもセーブポイントに戻れる』――と。ラスボスに全滅するたびに彼は、時間をやり直している。  ナルセが死んだ場合、また自動的にセーブポイントに戻るはずだ。つまり、今サタナエルたちが過ごしている時間は、やがてすべてリセットされて、なかったことになる。  この時空間は、跡形もなく消える。 「というわけだ。まあ、平気だろう」  サタナエルが得意げにそう説明しても、獣人は合点が行かなかったようで、頭の毛をくしゃりと掻いていた。罪悪感に苦悩している。 「いや、そうだとしても、ナルセには悪いことをしたからな。せめてもの償いに、今からちょっとラスボス倒してくる――!」  そう言い残すと、獣人は走り出した。  コーヒーハウスの扉を出ると、四本足で、かなりの高速で疾走していった。足も速いとは、スキルの高い奴である。
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