卯月 菫

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卯月 菫

07c0f2cb-89da-43fc-8afd-a617cc9727f9  この日はいつもより気合いが入っていた──いま、私が居るのは都内にある高級ラグジュアリーホテルのロビー。  彼氏の春彦が今日という特別な日のために前から行ってみたいとおねだりしていたホテルを予約してくれたのだ。  出会いは合コンでお互いに社会人。私はどこにでもいるOLで春彦は不動産業界で働いる。不動産業界は付き合いも多く多忙を極めているらしく会うのは決まって金曜日の夜。食事をしてホテルに行くのが定番だが今夜は朝まで一緒に過ごしてくれるらしい。  ロビーのソファーに座り手鏡でヘアメイクをチェック。ついでに口臭もチェック。──完璧だ。下着はこの日の為に奮発した上下セットで1万5000円もするランジェリーをスーツの下に仕込んでいる。なぜこんなにも気合いが入っているのかというと今日は私の誕生日なのだ。  春彦とは付き合って2年が経つ。そろそろ結婚──そんなサプライズが今夜あるんじゃないかと密かに期待している私がいた。 『ホテルのロビーに着いたよ』  春彦にメッセージを送るとすぐに既読マークがついた。いつもならスタンプで返信が返ってくるのだが返ってきたのはスタンプではなく日本語4文字。  最初は私の目がおかしいのかと思いメイクが崩れるのもお構いなしに目を擦ってみたりもした。もう1度スマホ画面を見てみる。目を細めて見てみたり、目をかっ開いて見てみたり、斜めから見てみたり……色んな方法を試みたが画面の文字は最初と変わらず同じままだ。  『別れよう』  スマホの画面にその4文字だけが表示されている。求めていたのはこんなサプライズじゃない──── 「い……意味がわかんないっ!」  突然の別れ話に私は思わず大きな一人言が出てしまった。 “ごほん”  誰かの咳払いが聞こえ顔を上げると向かいのビジネスマンと目が合った。 “ごほん”  再び咳払い。  ああ、そうか──私がうるさいのね。  大変失礼致しました。  でも今はそれどころじゃない。
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