卯月 菫

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 このホテルに到着した時は天国だった。  だが今は地獄行きのジェットコースターに乗っている気分。そのジェットコースターはまだまだ下降をし続けている。  私はその場から動けなくなってしまった。  魂が無くなった脱け殻のような状態。  先ほど咳払いをしてきた向かいのサラリーマンは私の様子が気持ち悪かったのか、そそくさと席を移動しはじめた。  ─────  ───  ──  春彦の奥さんから電話を受けて何時間が過ぎただろうか──  チェックインもせずロビーのソファーに座り続ける私にコンシェルジュと思われる女性が声を掛けてきた。 「お客様? どこかご気分でも──」 「あ……いえ……えっと高木で予約があると思うんですけど、キャンセルでお願いします」 「かしこまりました。確認致しますので少々お待ち下さい」  コンシェルジュの女性はカウンターのパソコンで今日の予約の状況を調べている。 「お待たせ致しました。本日お誕生日プランで御予約の高木さまでよろしかったでしょうか? こちらのプランはケーキとコース料理、スペシャルスパークリングワインと宿泊費用が含まれておりましてキャンセル料が発生してしまうのですが……」  ソファーに沈む私と視線が合うように屈むコンシェルジュの女性。地獄に突き落とされたような顔をしている私の様子から察しているのだろう、少し言いにくそうにキャンセル料を伝えてきた。 「おいくらですか……?」 「4万円でございます……」 「4万円!? ───カードでお願いします」  私は財布からクレジットカードを取り出しコンシェルジュの女性に渡した。 「お預かり致します」  なぜ自分の誕生日に料理も食べていないのに4万円も払わなければならないのか── 「お待たせ致しました。それではこちらにサインをお願いします」 「はい……」 「──ありがとうございます。あの、もしご気分が優れないようでしたまだ休まれてても構いません」  その優しさが逆にツラい。  今、人に優しくされたら間違いなく私は泣きだしてしまうだろう。 「……いえ、長居しちゃってすみません」  よく沈むソファーから立てないでいるとコンシェルジュの女性が手伝ってくれた。 「またのご利用をお待ちしております」  あんなに優しく接してくれていたコンシェルジュの女性は最後の最後でマニュアルの台詞を発動し私にトドメを刺してきた。  もう来るわけないだろう。  何度履いても足にフィットしないハイヒールの所為で踵が痛い。  春彦は背が高かった。そんな彼に合うようにデートの時は10cmのハイヒールを履くのが私の中の決め事だった。今すぐ脱いでゴミ箱にこのハイヒールを捨ててやりたい。  身の丈に合っていない高級ラグジュアリーホテルから出ると外はすっかり金曜日の夜となっていた。
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