凛々と龍の涙

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 凛々は泣かない娘だった。なぜなのかは、分からない。赤ん坊の頃はきちんと涙を流したし、良く笑うし、怒る子供だった。それが、いつしか涙を流すことだけは辞めてしまった。  彼女はよく空を眺める。それも、曇った雨が降りそうな空を一日中眺めているのだ。  天山の懐に位置するこの大地では、曇り空を龍神さまの泣き顔と呼ぶ。その空を眺める凛々の顔もまた、とても悲しげだった。  それでも凛々は泣かない。何がそんなに気になると訊いても、凛々は首を横にふって分からないと寂しげに笑った。  誰も凛々の悲しみむ理由を知らない。天にいる龍以外は。凛々はその昔、龍と共に空を渡っていた彼の番だったのだ。  ある日、龍の妻だった凛々は、天山の一族に狩られた。彼らは凛々を捕まえれば、自在に天空の気候を操ることが出来ると思ったのだ。  それが出来るのは彼女の夫である天の龍だけだった。凛々は子を成す力を持つのみだ。死んだ凛々の腹には、龍の子がいた。怒った龍は凛々と我が子を取り戻さんと、七日七晩その地に雨を降らせ続けたのだ。  地には雨水が満ち、人々は死ぬことを逃れるために天龍に懇願した。助けてくれと。龍はその懇願を聞き入れ、人々を魚に変えたのだ。凛々の体は水深く沈み、大地が乾いても上がってくることはなかった。彼女の体は洪水によって出来た水海の底に存在したからだ。 それから、その地は天龍が空を通過する度に雨が降るようになった。龍の雨は、悲しみの涙。凛々と我が子を思い龍は泣く。そんな龍の嘆きを聴いて、凛々の魂は、水海の水を飲んだ女性の体に入り込み、この世にまた生を受けた。  だから凛々は曇り空を見るたびに泣きそうになる。その理由は魂に刻まれていて、彼女自信が知ることは出来ない。その魂の呼び声に応じて、凛々は水海の中に飛び込んだのかもしれない。  水海から大きな龍が飛び立ったのは、集落から凛々がいなくなってすぐの事だった。  それは硝子のように煌めく鱗を持つ美しい龍だった。龍は嘶きながら曇り空の中に消えていく。そうして七日七晩大地に雨が降ったが、その雨が人々を呑み込むことはなかった。  七日が過ぎ、八日目の満月の夜。人々は夜の空に三体の龍を見る。鱗を輝かせ空を過る龍たちの眼からは、青い花が生まれては零れ落ちていった。  青い花は喜びに泣く龍の涙だと誰が言ったのだろう。龍たちが飛び去ったのち、その地では、雨が降った後に、青い花が大地を潤すようになった。  人々はその花を龍の涙と呼んだ。 凛々と龍の涙 (了)
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!