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舞台に立つと最前列にはタクマとタクマの彼女が居た。だけど、不思議と前ほど苦しくは無い。
ああ、そっか。部長が私を苦しみから解放させてくれてるんだ。
夏休みの間も、今も部長だけがそっと私に寄り添ってくれてたから。
「お姉様、ごめんなさい。私には彼の命を奪う事なんて出来ない。愛している人の命を奪ってまで生き続けるなんて苦しいだけ。だから、私は……泡になる事を選びます。王子様、どうか……幸せになってくださいね。さようなら」
私は最後まで芝居をやり遂げた。
ラストシーンは海に身を投げ人魚姫が泡となるシーンだ。
泡になる瞬間までずっと涙を流し続ける。
練習を始めたばかりの頃は人魚姫の気持ちと自分の気持ちを重ねて苦しくて苦しくて上手く芝居に集中が出来なかった。
だけど、今は島谷莉乃としての感情を捨て人魚姫の役に入り込む事が出来た。
人魚姫は誰とも結ばれず、悲しい終わりを迎えてしまった。
だけど、私は……そうはならない。
私は私でちゃんと幸せになりたい。
たまたま結ばれると思っていた相手が違っていただけだったんだ。
「部長ーっ!」
「うわっ」
公演が終わると、私は部長に抱きつく。
「ありがとう! 私、最後までやり切ったよ!」
「そ、そうか」
「部長が励ましてくれたおかげ」
部長が居たから私は何とかやれた。
「島谷が頑張ったんだよ」
「ふふ、ありがとう。部長もなかなかイケオジだったよ!」
「い、イケオジ?」
「はぁ、お腹空いちゃった! まだ時間あるし、学園祭回ろ?」
「え? 女子と回らないのか?」
「私が今一緒に回りたいのは桐谷くんだから!」
「苗字呼び……」
「もう部長じゃなくなるし!」
「そ、そうだな」
演劇部を引退しても私は彼と関わるのを辞める気は無い。
「ね、舞台に立つ前に私に言った事……どういう意味?」
「えっ!? い、いや……あれは……」
「私、あんなに動揺させられたの初めてなんだから……責任取って」
「せ、責任?」
「桐谷くんだけは私から目を離さないで」
私に対して誰よりも綺麗なんておっきな事言ったんだから。期待するから、裏切るような事しないで。
「3年間……お前から目離してねぇよ」
「え……」
「幼馴染のあいつより俺のがずっとずっと島谷の事見てる」
「も、もう! そ、そういう発言ずるい! 困るぅ!」
「おい、島谷! どんどん行くなって」
赤くなっていく顔を見られるのが恥ずかしくて早足で私は彼より先に歩き出す。
新しい恋が始まる予感がした18歳の秋。
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