12、扉の外、窓の内

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12、扉の外、窓の内

 食堂で別れてから、ミーナとレビと交わしたやりとりを報告するのに、へえと頷くアギレオに少し背を向ける。 「で、本借りてきたのか」 「それが…、…配り終えてレビの家に戻った時には、日が落ちきっていて…」 「えッ」  背の向こうで上がる声に、振り向かず頷いて上衣を脱ぐ。ため息交じりに腰帯を解いたところで、スルリと腰を滑って回ってくる褐色の指が前ボタンに掛けられ、やり場をなくした手が浮く。 「マジで貸さなかったのか、レビ」  笑っている震えが背に伝わって、改めて思い出す失意に項垂れるよう、もう一度頷いた。 「手が空いたらいつでも手伝いに来いと言われた」  ああ、と笑うままの声に肩越し振り返り、低くなる褐色の肩に手を着いて、下げられる下衣から片方ずつ足を抜く。 「あんなだが別に意地の悪いやつではねえよ。来いつうなら、チャンスくれえはやる気なんだろ」  面白がっているのを隠しもしない声色に、仕方なく鼻先で息を抜く。 「そうか。それを聞いて安心した」  厳しいだけなら機会はあるかもしれないな、と、導かれて後ろ向きに寝台に這い上がりながら首を捻る。枕に背を向けて座り、立てた膝を少し寄せ。  耳の下から首筋に唇を這わされて、そこを晒すように首を傾ぎ、押し込まれるような膝を跨ぐようにかわす。 「明日にでもまた手伝いに行ってみりゃいい」 「ん…、いや、」  脇腹を撫で上げられ、首根から肩へと滑る唇が心地良くて息が抜ける。 「…先に、もう少し、服を……」  鎖骨の下辺り、胸の筋肉の流れをなぞるように動く唇が、肌の下の神経を震わすようで、脇についた手でシーツを握る。上がってきた手に、周りから解すように胸を揉まれるのが気持ちいい。 「っ、」  舌が触れて乳首が濡れる感触に、顎が上がる。肌も動かさぬ弱さで淡く表面だけを舐められ、容易く息が乱れる。  触りたい。けれど、何に触りたいのか自分でも解らず、胸を舐めている頭を片手で抱く。髪が指に絡む感触に、少し背の強張りを緩め。 「ハル、」  ん、と、辛うじて鼻先で応じながら、顎を引いて声の主の顔を探す。身を起こして離れる頭から、手を離し。 「脚開け」 「…、」  薬入れから練り薬を抉り取っている指を見つけ、止まってしまう。  首を傾げられて、正面で待ち構えている男に向かって、脚を開き、顔を背ける。 「指で開いて見せろよ」 「――、」  大きく息を吸って、吐いて、決心は足らず、もう一呼吸おいてしまう。 「…ああ……、忌々しい悪漢が…」  噛み潰すような声を、ははッと笑う声が一蹴するのを聞きながら、顔を背けたままで、手を添えて尻の肉を指で押し退けるように開く。 「っ、」  男の目に晒す尻の穴が、あられもない欲望に疼いて息づくのが自分で分かる。 「――ッ」  濡れた感触がそこに触れるのに奥歯を噛み締め、そのまま指を押し込まれて息を詰める。  入ってくる。 「口閉じんなよ」  言われるまま口を開いて、喉の奥に押し殺そうと上顎に舌を押しつける。指の関節を数えられそうなほど、感触は鮮やかで。 「はっ、――ッ」  まだ指の根まできていないと思った途端に勢いよく引かれ、穴が擦れて堪えそびれる。 「っ、ぁ、あ、ぁァ、」  弾みをつけるように抜き差しされ、勝手に声が出る。手を離して、弄ぶような腕を掴んでも、すぐに剥がされて遠ざけられてしまう。 「はッ、っ、ゥ、――ク…ッ」  ようやく声を噛み殺したところで二本の指をグイと離すように広げられ、背が跳ねる。後ろに倒れそうになるのを、手を着いて辛うじて堪え。 「邪魔だ、抱えてろ」  腕を取られ、片膝を抱えさせられ、身を縮めようとすればそこを余計に晒してしまい、閉じるにはバランスが悪い。それよりも。 「ハ、――…、…っ」  指に纏いつかせるよう遊ばれる入口が、柔らかいのが自分で分かり、顔だけでなく全身が変に火照る。  それ以上解す必要がなく、奥まで濡らし終えた指が何故抜かれたのか、解る。 「あ、あぁ…」  苦しい体勢で押し込まれるのに、逃れるよう喉が反る。抱えていられなくなって膝を離し。バランスを崩した背を抱き留めてシーツに下ろされる。  待ってなどくれず、押し込まれる勃起したペニスが熱い。アギレオの太さと自分の狭さの、最初の抵抗を抜けてしまえば、呑み込むように肉同士がひたりと吸いつく。  掻き分けられる違和感がまだ少しあっても、腰を抱えられ、角度を合わされると挿入はひどくなめらかで。 「…気持ちいいか? 勃ってるぜ」 「ッ!」  詰りたい。けれど。  続きがどうなるのか知っている。早く、僅かに残る違和感を溶かしきってその向こうにいきたい。  罵倒する代わりに手を伸ばし、その憎たらしい口を塞いで、目を伏せた。  傍で動く気配に目を開き、衣服を着ける褐色の背が、窓からの陽に照らされているのを見る。 「…アギレオ、」 「起きたのか」  振り返る顔を見上げ、身を起こそうとすると手が伸びてきて、頭を押さえつけられる。 「なに、」  指で強く揉むように掻き回され、頭を起こせない。ひとしきり弄んで離れた手に、再び見上げる眉間が強く寄る。 「なんだよ」  笑っている顔に口角を下げ。それから息を抜いて、表情を戻す。 「夜に外に出ても構わないだろうか。何か狩るのだとかで、食堂を覗いたが獣人たちに会えなかったんだ」 「――…」 「……」  スッと、音でもしそうなほど。混色の瞳から表情と温度が消えて、こちらを見る目が思案し検討しているのが見て取れる。  いいことではないらしい、とため息をついて、身を起こす。 「駄目ならいいんだ。別の機会にしよう、っ」  顎を掴まれ軽く顔を上げさせられて、少し息を詰めてしまう。今度は撓んで笑みを孕む双眸を見つめ。 「いいぜ、リーに伝えとく」  そうか、と緩む頬を、けれど押さえたままの指が離されず瞬く。 「なら、今夜の分は今済ませちまうか」  思わず開けども言葉の出ない口から手は離れ、代わりに手を引かれて立ち上がる。寝台から降り、窓の前で窓の外を向かされて、困惑する。 「手ェつけよ」 「…、…待ってくれ」 「待たねえよ」  窓枠に手を着かされれば、自然と上半身が屈む。どう説得すれば、と、奥歯を噛んで眉を寄せ。構わぬ様子で尻を掴むアギレオに、手を着いたまま身を捩るようにして振り返り。 「寝台では駄目な、――ッア!?」  まだ、ないよりもある方が覚えのあるほど、昨夜散々知った形にいきなり広がるのに、声が跳ねる。 「ぃ、っ、…あ、あ、」  目が合って、笑うアギレオの顔は悪辣だ。 「自分じゃ分からねえのか」 「ぁ、ぅッ」  ペニスを押し込まれた尻の穴を指で撫でられ、背が反る。その背に胸を押しつけられ、窓枠についた手に手を重ねられ、身動きが取れない。 「…開きっ放しになっちまってる」 「っ、…そん、な…」  ろくに馴染ませもせず腹の中で動かれ、乾きかけていた何かが容易く溶けて、男が動くのを助けているのが分かる。 「……、……、……、」  男が動くのに合わせて、息だけが乱れる。微かに混じる声すら、要らないような奇妙な心地がする。ただ、許してしまう。許していたくなる。  片手を離され、上げる顔の目の前で窓を開け放たれ、目を剥く。 「っ、この…ッ」  背を撓ませ、窓枠に額をついて顔を隠すと、片手で腰を引き寄せられ、深く挿入されて身が捩れる。 「いいじゃねえか、外に出てえんだろう?」  足を踏み堪え、尻を腹が叩く音が立つほど強く奥を突かれるのを受け止める。抉られるような感覚が、擦れる甘さとは違う快を沸き立たせる。 「はっ、あッ、あ、あ、ッ」 「出てこいよ」 「アッ、ぁ、ッ、待、まっ、アギレオ、ッ」 「好きなだけ歩き回って、気が済んだら戻ってこい、…ここに」 「ァ、あアッ――っ!っッ!」  後ろからきつく耳を噛まれ、腕を畳んでいられず背を仰け反らせる。まずい、と浮かぶ言葉の意味が自分で解らない。グリと駄目押しのように奥を穿返され、雷土にでも打たれたような衝撃が腰から上に駆け上がって。極まったところから、じわりと緩んで溶け落ちていく。額から瞼の裏が、白く消える。  別の生き物のように強く収斂を繰り返す腹の中で、射精されているのが判る。 「は……」  崩れ落ちそうになるのを腹に回す腕で支えられ、手を着き直して堪えながら、項垂れる。 「…私をどうする気なんだ、お前…」  今のは、今のは。その続きを考えられない。  無造作に引き抜かれて震える身を、肩から裏返されて向き合う。窓枠に腰の裏を支えて、震える膝を堪え。置き直した手に手を重ねられ、少し気怠そうな褐色の顔を見上げる。 「なんだ、お前が言ったんだろう」  近づけられる顔に瞬き、指を手繰って、手の甲を覆う指を指の間に握る。 「違う…」  近すぎる距離に、吸い寄せられる。もう、重なる唇は当然のようで、違和感がない。 「…お前が言ったんだ…」  垂れ出た精液が尻から足の間に伝う。近すぎて触れているアギレオの脚が濡れているのも、同じなんだろう。  確かに言った、という、続きは、重なる唇のどこかへ失せた。  舌打ちしながら脱ぎ捨てて着替えていった下衣を拾い、ついでにシーツと一緒に洗って干しておく。意外と後先考えていないのだろうか、と思えば少し笑ってしまう。身体を拭き、まだ丈の長い服に袖を通し、カウチに腰掛けて寸詰めの続きに取り掛かる。驚くほど中身の揃った裁縫箱がこの家にあった意外さもあり、やってみれば、案外面白くて夢中になってしまう。  針を運びながら、騎士隊にいた頃を思い出す。  エルフの縫った服は丈夫とはいえ、戦闘だ訓練だと何かと荒々しい日々で、着るものを壊してしまうことはよくあった。だから案外、自分に限らず軍籍に身を置く者はボタンくらいは自分でつけ直したし、器用なものはかぎ裂きまで繕えた。  いくら射っても飽きない弓と、自他共に認める十人並み止まりの剣の腕を鍛える時間と秤にかけて、自分でボタンをつけるか服飾を専らにする者に頼むか悩んだ日々が、遠い気がしてくる。 「何をやっているんだろうな、私は」  否、解っている。分かっているけども独りごちて。糸の端を切った。
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