22、酔態

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22、酔態

 余分な椅子を家の外に勝手に持ち出して、台所の窓の辺りを背に、ぽつぽつと灯りの点る砦を眺める。瓶を傾けカップに注ぐ、美しい深紅は陽が落ちて見えないが、口許に寄せれば芳香は豊かで眦を緩め。  風が吹いている。  穏やかというには僅かに強く、陽の名残を失って、頬に触れる夜風はほんの少し鋭い。 「なんだお前、何やってんだ」  戻ってきたアギレオを目で追っていれば、まさかここに座っているとは思わなかったのだろう、玄関にほとんど向かいかけていた足を止め、改めて掛けられる声に、眦を緩める。 「酒の肴に灯りを見ていた」  酒?と首を捻りながらこちらへと足を向けるアギレオに瓶を掲げて示し、お前も飲むか?と頬を緩める。 「うお、ワイン!? どうしたそれ」  寄越せ、と手を差し出しながら、椅子に腰掛けた傍の草に躊躇なく腰を下ろすのを目で追えば、自然と視線が下がる。カップを煽って一度空にしてから、次杯を注いで渡し。  香りも含まず水のように一息に飲み干してしまうのに目を瞠り、笑う。 「リーがくれたんだ。仲間の窮地を救ったから、分け前だと。お前よりよほど公平だな?」  わざと当て擦りのように言えば、ヘッと盛大に鼻で笑いながら返されるカップに、またワインを満たして口に運ぶ。 「まだ拗ねてんのかよ、頑固なエルフめ」  思いがけぬ返しに、瞬いて。それから少し、声すら立てて笑ってしまう。 「最初から拗ねてなどいない。お前は、まだ怒っているのか」  いいや、と、けれど白んだような顔で横目を向けられ、ワインを飲んで、また伸びてくる手に、今度は飲みかけのままカップを奪われる。 「はなから怒っちゃいねえよ」 「そうなのか」 「ああ」  顔を向けて、それなりに珍しくアギレオを見下ろし、遅れて見つめ返してくる顔に目を据え。 「本当か?」  重ねる声に、眉を上げる顔をじっと見る。 「嘘ついてどうすんだよ」  手を伸ばして、表情の少ない褐色の頬に指の背で触れる。違和感はいつも、正直だ。 「機嫌が悪そうだ」  短い沈黙が寄越され、一度伏せられる目がまた上がるのを、見逃すまいとするように見つめ。その矢先でふいに、ニッとばかり深く片頬を吊り上げて笑みを向けられ、瞬く。  立ち上がって高くなる顔をつられて見上げ、見下ろされるのに首を捻る。 「ベッドに行こうぜ。お前がいいなら、ここでもいいけどよ」  思わず、短い間言葉を失い、頭を振ってからカップを空にして立ち上がる。 「先に断ってくれたことに感謝すべきか?」  やれやれと息をつき、カップと瓶を携えて塞がりがちな手に、椅子を持って入ってくれるのに礼を言いながら、ささやかな酒宴を後にした。  首筋に掛かる吐息が擽ったく、口角が緩んでしまう。  くすぐったいと訴えれば、今度は浅く噛みつかれて、ゾクリと背筋を逆さに上る感覚に、胸にたまる息を吐く。  まだ寝台の傍らに立ったままで、背に押しつけられる胸が熱いのが衣服越しにも分かる。肩から腕に、胸に這う掌が服地をよらせてその内の肌を撫でる。手の甲に手を重ね、腕を辿り。手首に出っ張る尺骨を指で遊ぶ。  撫でて自然にそうなるとでも言いそうに上衣を乱され、肩から剥いて奪われる。 「は……」  剥き出しになる背中に唇が這って下りる。下衣の留めを外しに下りる手と戯れながら、背を明け渡そうとして身を折るのを、導かれ、寝台に手を突いて支える。  唇と掌が背を這い回り、寛げた下衣を片手で下げられるのがもどかしく、手伝って脱ぎ捨て、危うくなる足を片方寝台に上げて膝を預け。 「ぁっ」  尻の際疾いところまで唇が到って、快感よりも慌てて思わず声を上げてしまう。  声を上げた途端に手と唇が引かれて、振り返ろうとするのに合わせて肩から裏返され。寝台に尻を着きながら、重ねられる唇を受ける。  少し噛みつくような唇を啜って吸って、擦り合わせる内に互いの唇の内から微かに水音が立つ。誘われるように舌を出せば、開いた唇に招かれ。互いの口の中を探るように舌を絡ませるのが、どこからがどちらの唇なのか分からぬほどで。  シーツの上に引き倒され、背で這うよう少し乗り上げながら、腕を伸ばして頭を抱く。  身体中を撫で回す手が好きなように背を持ち上げ、脚を動かし、彼の思うように変えられていけば、自らの身体を自らの手にしていられなくなる。 「ハ、は、……ぁ、」  離れた唇に離れそびれて宙を泳ぐ舌を引き戻し、陰を作るアギレオの顔を見上げる。褐色の首に絡めた腕を両方取られ、頭の上に纏められて、瞬く。 「アギレオ…?」  見下ろしてくる混色の瞳を見上げ、淡く頬を緩める。昂揚していないのが、表情で判る。 「よしておくか?」  その気になれない時くらい誰でもあるだろうと、少し息をついて。 「いいや」  短い声と共に腕を離され、抱えるように起こされてシーツの上に座りながら、その表情を探す。読み取りにくい色薄さに、内心首を捻り。 「っ、なんだ、」  背後に回って腕を取られ、思いがけぬ窮屈な心地に慌てて振り返る。 「罰があるなら受けるっつったな、そういや」  アギレオ自身が脱いだシャツで後ろ手に腕を纏められ、目を瞠り。それから、少し眉を下げる。 「やはり、怒っているのか…?」  フッと、息を抜いて笑う心情に見当がつかず、薄らと困惑する。怒っているとしても構いはしないが、まだ気分が悪いというなら、多少心苦しい。 「かもな?」  声の調子で、なんとなく、眉を上げている気がする。ならば、そうでもないのだろうかと腹の内で唸り。  今度は前に回られて、解く気はないが戒められた腕を少し動かしてみる。それほどきつく食い込んではいないのに、上手く関節に引っ掛かって外れそうにはない。 「えっ、……なに、…」  膝を折り畳まされて曲げたままの格好に、今度は腰帯で縛られる。一度束ねてから束ねた部分をくぐらせて引き絞っているのに、それで動かなくなるのかと場違いに感心してしまう。 「……っ」  そうして後ろに腕を取られ、結び目を増やして両足をそれぞれ束ねられてしまうと、バランスが悪い。背を丸めるようにして身を縮め、居心地が悪くて顔を背ける。 「なッ」  ひょいと軽く肩を押され、丸めた背で後ろに突っ張る手もなく、容易く仰向けに転がってしまう。後ろに倒れる勢いを借りるように足を持ち上げられ、下肢から半ば逆さに吊り上げられたような格好に、目を剥く。 「な、あ、待て、アギレオ、――ッ」  畳んだ足を開かれ、晒される尻の間に顔を埋めるのがつぶさに見えて、一瞬で顔に血が上る。 「なに、なっ、まッ、…――ッ、ぅッ、ク…ッ」  何をされているのか、解らないわけがない。腕で脚を押し退け手指で尻の肉を開き、尻の穴に舌を這わされ、総毛立つ。濡れて柔らかい舌の感触に擽られ、身悶える。 「っ、ァ、ぅ、んゥッ、ん、ぁ、あ、ああ、アッ、――ハ、ッ」  両側から指を入れてそのまま広げられ、這い込んでくるその、ぬるりとした軟体が舌だと判る。閉じていた目を開いて、けれどどこを見ているのか分からない。 「――力抜け。怪我する」 「は……」  怪我の意味は分からず、力を抜けと言われたのは解るが、懸命に繰り返す呼吸が上手く整わない。 「んっ、ぅあ、ぁっ、あ、あア…」  勝手に顎が上がり、背が反る。指で解して拡げられ、その隙間を埋めるように舌が満ちて、ぬるぬるとうごめく感覚はいいようもなく、身を捩り。 「は、あ、ああ、あ、嫌、や……、ああ…」  勃起して下を向くペニスを握って扱かれ、快感が束になる。重い、甘い、強い性悦に貫かれて、けれど奥の方で微かにもどかしく、与えられる快楽に溺れる。 「あッ、あ、あああア、ッ」  だらしなく声を上げながら施されるままに射精し、胸にそれが散る。短い間、力も抜けずに身を強張らせて息だけを継ぎ。 「は、あッ、ああ……嫌だ、いや……」  背を下ろされて、尻がつく手前でそのまま抱えられる。容易いことのように勃起したペニスを挿入されて、また背が反る。 「あぅっ……」 「嫌じゃねえだろ、…言ってみろ」 「、…」  目を開いて滲んだ視界に褐色の顔を曖昧に捉え、開く口からすぐには言葉が出ない。強いるように深く捻じ込まれて、その感覚を捉えるように目を閉じる。 「ハ…、あ、気持ちいい、気持ちいい、アギレオ、」 「何が。どこがだ?」  目を閉じたまま、問いの答えを身中に探す。そこに、それの。 「なか、中に、ああ、っ、熱い、お前のが、ァ、あア…」  弱り果ててまた目を開き、片頬に笑みを浮かべる見慣れた顔を縋るように見上げる。 「アギレオ…」 「…ああ」 「…もっと……」  フッと、笑息を抜いて顎を引くのを、少し木偶のように見つめ。 「あっ、は、あ、」  抽送し始める熱杭に肉の筒を逆から扱かれ、息がとろける。捩れそうな身を強張らせて支え、アギレオに食いつきたがる身体に抗えず引きずられる。 「はぅ、あ、ぁ、うあ、ああ、ぁぅ、あ、」  激しく突き上げるのではなく丁寧に解すように中で動かれ、支える強張りすら解けそうに、身体が開き、力が抜ける。  直道のように淀まず昂ぶる極まりに、眉を下げる。 「あ、あ、あ、アギレオ、」  うん?と、掠れた声が息混じりに落ちてくるのに、胸から息を抜き。 「っ、イ、キそ、あ、ああ、イッ」 「イケよ」 「は、ああ、っ、ぅゥッ」  思わず歯を食い縛り、それでも口は閉じられずに熱い息を垂らす。ビクッと勝手に身体が絞られ、極まって濡れる感触が、股座のどこなのか定かではない。 「は、は、は、はあ…」  まだ痺れるそこから急に引き抜かれ、何かが漏れる。あっ、と、先から途切れぬほどの声を跳ね上げた唇を撫でられ、目を上げる。ようやく尻をシーツに下ろされ、下ろしきれない足の支えを探してアギレオの腰を挟む。  掻き上げるように前髪を退けられ、鈍く瞬き。 「腕は? 痛えか」  振り返っても勿論見えぬのに、少し枕に頭を擦らせ、混乱するような身体の感覚を探って頷く。 「肩と肘が、少し…」  ン、と、鼻から抜くような息声ひとつでアギレオが身を起こし、支えを失って、ひどい格好だと知りながら、力が入らず平らになるよう足を開く。 「よっ、……フ、グニャグニャだな」  アギレオが離れた気配で、しばし息をついて放り出していた身体がふいに持ち上がり、また座る体勢に起こされて、今度は足がつく。怠さが引くのを待つのに、触れるほど近付く胸に頭を預け。 「ッ!?」  気づいて、目を瞠り顔を上げる。 「なに、何故…」  帯や布でない、紛う方なきロープを巻きつけ、胸の上と下で幾重か固く縛り上げられ、目を剥いたままアギレオを見上げる。明らかに先ほどよりも動けない。 「楽になっただろ」 「は…?」  言われてみて気づく、ごく辻褄の合わないその事実に、呆気に取られる。  動かぬほどに身を固められて、そこにもここにも痛みはあるが、体感は確かに今の方が整っている。そこかしこに痛みを宿す束縛が身を支えるその感覚に、淡い目眩がふいに宿る。  肌に食い込み、肉に噛み付くような、絶え間ない痛みが所在を示して脈打つ。  整いきらぬまま、また乱れる息に、再び彼の胸を借りて。目の下で、粗雑な手淫が自らで勃起を整え直しているのを、少しぼんやりと見る。  そうか、と、目を閉じ。まだ終わってない、と、歓びでも倦怠でもなく、ただ思い出す。 「おい、」  顎を掴んで上げさせられ、滲んで曖昧な視界に、今は鈍い緑にしか見えぬ双眸を見つめる。 「なんつう顔だ。――酔ったのか?」  目を閉じて、唇を薄く開く。望み通りに唇を慰められ、口の中を舐められ、途切れ途切れに舌で応じる。そうでもないはずだが、飲み過ぎただろうか、と、明後日に首を捻り。  裏返されて枕に半ば顔を埋め、膝をずり上げて尻を開くひしゃげたような格好で、待つ。 「あ、はっ」  貫かれて、顎が浮く。 「あ、ああア、ああ…」  深い。少しこわい。  けれどそれ以上に物欲しくて、尻が浮く。  フ、と、笑う息が降る。 「可愛いやつだ」 「あッ!」  ピシャリと尻を軽く打たれ、勃起した重いペニスを咥えさせられた腹に響いて、のたうつ。 「嫌……」  眉を下げて振り返りきれぬ顔を振り返らせ、首を横に振り。  はいはい、と軽くいなされて、枕に顔を擦りつける。何かに懐かずにおれない肩を後ろから掴まれ。 「アッ!」  いきなり奥まで突き下ろされ、脳髄まで響いたようで、息が詰まる。 「アッ、ァッ、は、あッ、――かッ、ハッ」  痛みに変わりそうなほど強い快が、続け様に打ち込まれて、それでも同じ繰り返しに慣れれば、何かが奥から溶けて溢れていく。 「は…、あ…、ああ……、あアー…、アー…」  身体の感覚に朦朧めいた極彩色の激情が勝る。自分の身体が時折引きつり、どこかから聞こえる醜い啜り泣きのような声がやけに耳について。  酷い絶頂をさせられたのは覚えがあるのに、どうしてそうなったのかが、解らなくなった。
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