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3、鬼の沙汰
「大人しいじゃねえか、こいつ。大げさに騒ぎやがって」
水を流し終えて傍に立つ男達に鬼が振り返り、手にした鉄の首枷をクルクルと回して手遊ぶ。
「そんなことねえんだよマジで」
「……何日経ったんだ…」
男達の声をへいへいと軽く聞き流し、言い募るハルカレンディアに振り返って、鬼が首を傾げる。
「お前が来てからか。4日? 5日かな?」
5日…と眉を寄せ、奥歯を噛み締める。
「……ここから出してくれ」
ハァ?と、呆れたように笑うだけで否すら与えぬ鬼とのやりとりに、男達は構わない様子で外された首枷とハルカレンディアを見比べ。
「お頭、お頭、やっぱその首輪のせいなのか?」
「おー。コウに訊いてみたが、生かしとくんならやめとけってよ。つかお前ら、暴れるだの今度は死んだだの。もうちょい上手いこと扱えよ」
「……2日…いや、1日、……半日でもいい、」
えー、などと不服めいた声をよそにして、尚引かない様子に、鬼は片眉を上げてハルカレンディアを見る。
「本物の死体になるまでは出さねえよ」
「……片付いたら、死ぬまでここにいてもいい…」
フンと軽く鼻で笑い、唇も閉じきらない細い顎を褐色の指が掴む。
「なるほど。こりゃ確かに強情だな」
だろー!?と、意気を強くする男と、鬼、と尚も続けようとするハルカレンディアの両方に、答えず逞しい肩を竦める。
「動けねえように押さえとけ。練り薬やっただろう、使ってねえのか」
「使ってるってえ」
男が鬼に手渡す、見覚えのありすぎる小さな薬入れにビクリと強張るのを、男達が左右から押さえつけ。
「な、い、嫌だ…」
座り込んだ足を膝抱えるように上げて開かされ、尽きたと思えた羞恥が痛む。
「…おおっと、こんなことどこで覚えんだか」
尻に嵌められたままの杭めいた固いものを握られ、顔を背ける。
「すぐキツくなって入れづれーんだ」
「そうでもねえだろ、お前らしょっちゅう出入りしてんじゃねえか」
「ッ…!」
軽く捻って引き抜かれるのに、乾きかけて引きつれる薄皮がついて離れる。砕けて失せた気がしていたプライドが、傷つく。剣を交わしてこの男の刀を受け止めたのが頭に過ぎり、胸の内が裂けるような思いがある。
「あーあ、開きっぱなしだな」
笑う声に震え出しそうになるのを堪えて、身体に力を入れる。
「練り薬は多い方がいい。手前えらの逸物とこいつの穴が両方たっぷり濡れて、余るくらいにな」
もう、すぐにねじ込まれるのに慣れた場所に、練り薬の柔らかいぬめりを纏って滑り込んでくる指が、細く感じる。クッと、引っ掛けるように指を曲げられ、慣れぬ感触にビクリと身体が薄く跳ねた。
「逸物を突っ込む穴ってな、開くんじゃなく解すんだ。考えてみろ。口が広くて固い穴と、柔らかくて狭い穴なら、どっちが気持ち良さそうだ?」
「っ、…、ッ!」
入口ばかりを丁寧に揉み解され、そこが解れていく感覚に、尻で膝行るように後ろに下がろうと足掻く。背はもう壁についていて、逃れる場所はなくても、尚。
あー、なるほど、と熱のない声で男達が応じ、鬼が教える。その、ただの素材にされている惨めさよりも、散々無理にされても開かなかった何かを開かされていく、その感覚が恐ろしい。
「……っ」
しつこく揉まれるそこがじわりとあたたまるのを通り越し、少し熱くすらある。
「やめ、ろ…、いや、だ……」
「どうしたエルフ、尻の穴いじられて気持ちいいか」
「ちが……」
上がっていく息を、説明できない。性悦とは違う、けれど。
ズル、と、もう少し奥へ入り込まれて、背が浮く。
「ッ!」
不意に自由にされた足を着いて、けれど上手く閉じることができない。ズルリズルリと、指一本分の長さを繰り返し出入りする動きが、ぬめった摩擦で起こす感触に、足の裏で石床を掻く。
「んぅッ」
下腹の裏側を撫でられ、勝手に背が伸びる。
「ッ、んっ、っ、っッ、ん、ゥ、」
「可愛い声が出るじゃねえか。…んな尻の奥穿られて気持ちいいなんて、だらしねえ身体だなあ?」
深く顔を背けて歯を食い縛る。指の腹がねっとりと淡く撫でる動きが湧かせる、痺れのような甘さ。違うと言うのにさえ、口を開いてしまったら、
「口を開けさせろ」
思考を読むかに嘲笑った鬼の声に、何故かゾクリと背が震える。
「あっ、ひや、…やは、……あッ、あァ、」
食い縛れないように顎を強く掴まれ、指を突っ込まれて開いてしまう口から、聞きたくないような声が漏れる。
「力抜いた方が気持ちいいぜ」
「や、嫌、ぁ、ぁ、……ッ、ん、んゥッ」
容易く、考えることが遠くなり、身悶えて頭と背を壁に擦りつける。腹から下はもう、どこにあるのか分からない。
「は、ぁ、、ぁ、はぅ、…あ、あ、ぁ、」
繰り返される同じ刺激に性悦の頂が見えてきて、知らず閉じた瞼の裏に、他のことはもう何も考えられない。泉のようにそこから溢れてくる生々しいぬるさの快楽に、顎が上がる。
「あ、はぁ、あぁ…、――あッ!?」
唐突にそれを失い、身が跳ねる。指が引き抜かれたのだと理解するのと、物欲しさで混乱して、痙攣めいた不規則な震えが起きる。
「は、あ、ぁ……」
居座り続ける欲望と、この男達に掘り出される快楽を拒む、求められなさに身を捩って縮め。離された手足を掻き寄せるように、自分の身体を抱いて、掻く。
「ふ、……」
「ま、ここまでやれとは言わねえが、こいつが痛くねえ方がお前らも面白えだろ」
鬼が立ち上がる気配と、おおー…と、語尾に消える感歎の声など、振り返れるわけがない。
ジャリ、と、やけに鋭敏になった聴覚に、立ち去ろうとした鬼が足を止めるのが分かる。
「ああ、そうだな。おい。エルフ。俺の女にでもなるんなら、こっから出してやるよ」
悔しい。
情けなくて唇を噛み、深く俯く。
「………嫌だ………」
ヘッ、と、鼻で笑う声が、鬼が残していった最後の声だった。
「…!」
別々の方向へ手足を引き寄せられて、ひどい動揺と嫌な予感で身が跳ね。仰向けに押さえつけられ、脚を開かされて青ざめる。
「や、め……」
彼らがやめるわけもなく、自分に止めることもできない。語尾を弱らせ、せめて再び歯を食い縛る。あの指が開いていったそこは、まだ。
「――ッゥ、」
押し込まれる感覚がもう、今までと違う。
「ふ、ゥ、ぅ、……ン、ク、…」
全身の感覚が貪欲にそれを追い、けれど、その粗雑さは鬼が招いたような悦楽を起こさない。後ろ暗い小さな安堵に縋り、力を抜く。
暴力への諦めの代わりに残された、あらぬ萌芽の気配に怯えるせいで、そこを出入りする雄や肌に触れる手指の感覚を追ってしまう。震えながら強張らせる腹の奥に射精されて、あれほどの嫌悪が嘘のように、終わりを示すその熱さに息を緩めた。
地獄には底がないと言ったのが誰だったか、思い出せない。
「…"お頭"を呼んでくれ…」
「呼ばねーよ」
何度目か分からないそのやりとりに、けれど案外頭を覚めさせる効果があると気づいて、口を塞がれても殴られても、何度でも繰り返す。どうせ他にやることはない。
まだ遠い、まだ遠いと恐れるあの感覚は、けれど、確実に近付いてくる。自分が敏感になったのか、男達が次第に巧みになっているのか。犯されながら、身体が繋がっている感触だけでなく、あちらの意識がこちらの反応に、こちらの意識があちらのすることに、向き合ってしまっているのが分かって、ゾッとする。
「…"お頭"を呼んでくれ…」
目を上げて、初めて、自分を犯している男の目を見た気がする。何かが狂ってしまったように、何故そうしたのか解らない。
飽きもせず脚の間で腰を振る男の息が荒く、もうすぐ果てるのだろうという顔に手を伸ばし、頬に触れる。息を詰めて射精する男の頬を撫でながら、終わった、と、どうせ限りもないのに、毎度のように溜飲を下げて息をつく。
事後に特有のぼんやりした目を、同じようにぼんやりと眺め、触れた手が落ちるに任せて、身を投げ出す。
もうどうでもいいか、と。目を閉じて、自分を放り出したまま男が出て行く足音を聞く。ただただ、何度も何度も繰り返す。男が出ていって、別の男が入ってくる。時々空く時間に目を閉じて身体を休め、また叩き起こされる。
「おい」
「!」
靴の先で蹴られたことに驚き、案外足蹴にされていないことに気づいて、それにまた驚く。
身を捩って振り返る、蹴り足の主の姿に、目を瞠る。
「なんだよ。お前と遊んでる暇ねえんだが」
驚きの失せぬまま身を起こし、立ち上がることは出来ずに鬼を見上げる。
「……お前の女になるから、ここから出してくれ」
「はあアア!?」
酷く不機嫌な声に、瞬く。不思議なほど明るい声質をしている。
「…お前が言ったんだ。そうしたら出してやると」
「いやいやいや…」
「…確かに言った…」
出任せだったのか、と、やっと気づいて鬼の顔を見上げるが、理解してやる義理も気もない。
「なんだッつうんだよ、お前はよ」
長身がしゃがんで、見上げるのが楽になる。この間は水をかけられたが、今はもう、またひどく汚れているに違いない。
「…出してくれ…1日でいい…」
「……。1日外に出てどうするってんだ。お散歩でも楽しみてえのか、この世の最後の思い出にでもよ」
「…国から任された務めの途中だったんだ」
「ハ?」
完全に虚を突かれたという風な声に、頷くには少し怠くて、一度目を伏せて、また上げる。
「……峠の向こうの、境の森に行かなくてはいけない…」
「ハア。何しに」
「…戦を防ぎに」
「……あン?」
「…すまない、少し……」
起こした身を引きずって、壁際に寄り、身を凭れる。長く喋るとそれだけで消耗して、息が浅くなる。壁に預けて、身を起こし続ける力を省き、距離を詰め直しはしない鬼を再び見る。
「…境の森には、谷のエルフ…隣国、ベスシャッテテスタルのエルフが時折現れる」
ああ、と、鬼が合点の声を漏らすのに、今度は頷く。ここは境の森に近いから、エルフを見たことがあるのかもしれない。
「…谷のエルフは、こちらの力を削ぎたがっていて、……それで、境の森に、確かめにくる。……我が国に、隙がないか…」
「はいはい。で、お前らは、隙はねえと示しに行くわけだ。…なんつうか、エルフらしい悠長なやりとりだなあ」
呆れたような声に、少し口許が緩んでしまう。30人の軍隊をいきなり襲って全滅させる野盗から見れば、確かに悠長に思えるのかもしれない。
「……戦は…むやみに起こしても意味がない…。……然るべき時に確実に、全力で叩くため、……こちらは、然るべき時など来させぬため…」
フ、と、鼻で笑う鬼の面に、目を据える。
「知ったこっちゃねえな」
「…そんなことはない」
「……」
待ち構えていたように語尾を追う己の声に、鬼の口が一瞬空回る。
「…戦に、ならない方がいいだろう…」
「生憎だな。戦争は儲かるんだよ」
即座の反論に気を悪くしたか、白けたような声が返るのに、息が切れて今度はすぐに返せぬのが口惜しい。
「…、…一時的なことだろう。国や民が痩せれば、そこから刈り取っているお前らも、収穫は少なくなるはずだ……」
ガシガシと髪を掻き回す仕草に、安堵の息を抜く。理屈の通じる相手だ。
「お前一人で行ってどうする。数十人でやる予定だったんだろ」
「……交戦に備えるのは、当たり前なだけで、…いると示すだけでも、マシだ。……端とはいえ、自国の領土に踏み入られても、何もしないと思われる、よりは」
「お前がここに来て、7日になる。手遅れの可能性は」
ピクリとも緩まなくなった顔を、見据える。
「……今まで、侵入するたび即座に追われていたのが、そうならない日があったら、…お前ならどう思う…。…留守だ、良い機だと進軍できるか……」
ああ、と、頷く顔に、頷いて返す。
「まだ警戒して様子見してる可能性が高えと思ってんだな。お前は」
チッと舌打ちしながら立ち上がる長身を見上げる。鬼の沙汰を待つ、という、頭に過ぎった言葉の、あまりに望みの薄そうな響きに、少しおかしくさえある。
「…上手くいくなんて思ってんじゃねえぞ。何か一つでも俺の損になることがありゃ、今度こそお前を八つに切り刻んでやる」
ありがたい、と、言わない方がいいだろう。頷いて、「リーとレビを呼べ!」と、怒鳴りながら出て行く鬼の足音を聞いていた。
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