6、陵辱

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6、陵辱

「跪け」  俯いて床に膝を着く目の前で、寝台に鬼が腰を下ろす。腰帯を解くのが見えて、顔を背け。近すぎて、目を背けたくらいでは視界から外れない。  晒される垂れ下がったそれに、どうしていいか分からず唇を引き結び。 「顔上げろ」  こわいと、思うのが腹立たしい。  目を上げて鬼の顔を見る、その下が見えなくてほっとしてしまうのも悔しい。 「なんだよ?」  あからさまにせせら笑われ、悟られぬよう静かに奥歯を噛んで、目だけ浅く伏せ。 「手を床について、口に咥えろ」  ギリと、軋る歯の音が微かに自分の耳に届く。大きく開かれる足の間に手を着いて、顔を近づけ、何をさせられているのか理解する。  顎を傾いで下がる先端に唇を寄せ、とらえようとしても、位置が難しい。身を乗り出すようにして下唇で受け、軽く吸い取るようにしてようやく唇に挟んだ。  顔を寄せながら吸って口の中に引き込み、自分は何をしているのだろうと思うよりも。口の中に知れる生々しい味に眉が寄る。  不意に頭に触れられて、肩が跳ねる。 「噛みつくなよ。可哀想に、あいつ死にそうなツラしてたぜ」  顔を上げようとすると離れそうになり、慌てて咥え直して、目だけを上げる。歯の間に押し込まれて当たり前に復讐した、一度だけそうされた時のことだと解る。噛みついてやろうか、食い千切ってやれば、その後どんな目に遭わされても気は晴れるかもしれないと。言いようもないが今そうはできないことを理解していて、何故だろうかと過ぎらせながら、歯を立てないように少し口の中で潰す。 「何やってんだ。舌で舐めるんだよ」  真面目にやれ、と軽く頭を引き寄せられ、口の中が溢れそうで眉が詰まる。 「っ…」  舌を動かすとそれだけで、味がする。匂いが濃くなる気がする。不快も衝撃も恐れたほどではないが。意外に舐めにくく、苦心して舌を這わせ、逃がしそうになって吸い上げる。 「ん…」  舐めている内に口の中を押し上げるように大きくなっていくのに、胸を撫で下ろす。 「もっと休まずに舌動かせ。唾は飲み込まずに口の中に溜めろ」  髪に指が通され、梳くように頭を撫でられるのが不快でないのが、遠く、薄い不安を掻き立てる。  顎と舌の根が疲れ、それでも口の中のものが中々育たないのに辟易し、口の中に擦りつけると、動いて、少し理解する。息が切れ、焦れる。 「口を窄めて吸え」  ジュッと、溜めた唾液のせいでひどく汚い音がするのに少し驚き。けれど、やってみれば、唾液を纏わせ吸い上げる刺激がそれを喜ばせる感覚が、朧気に分かって。舐めて、吸い上げ、口の中で擦り合わせてあやす。  ぅ、と、喉の奥から知らず声が漏れて、背が震える。次第に勃起していくペニスが感じている快を我が身で想像せざるを得ず、それに昂揚してしまうのを抑えるのが難しい。 「ぁ、……ぅッ」  また頭を引き寄せられ、押し込まれると、苦しい。けれど大きくなって、自分の濡れた口の中の感触がそうさせているのだと、思い浮かべずにおれない。  口が開ききるようで、動かせない。顎を捻って口の中に擦りつけ、顔を寄せて口蓋の裏に削がせる。 「ん、」  髪を乱暴に掴んで引き離され、眉が寄る。糸引いて垂れた唾液を手首の甲で拭い、乱れた息を宥める。 「ベッドに上がって四つん這いになれ」 「……」  心臓が一度跳ねて、けれど逃げる気はない。唇を引き結びながら立ち上がり、鬼を避けるようにベッドに上がって、両手足をつく。分かっていて引き換えにしたからだ、と、ようやく明確になる。  両手両足を着く獣のような格好が、捨てた我が身に相応しいと、自嘲するように思えば、癒やされる自尊心に少し首を下げ。 「っ…」  慣れたぬめりを塗りつけられ、少し奥歯を噛む。指が入ってこずに塗り広げられ、男達に鬼がしていた話を思い出し、また心臓が跳ねる。今度は一度で止まらず、そのまま強くなる鼓動に、密かに唇を開いて息を逃がす。 「…なるほど。意外に固えな。エルフの丈夫さのせいか?」  揉み解されてじわじわと湧く動揺に、回復力を含む身体能力のことだとは、どこか頭の遠くで分かるが。 「……知らない…」  そんなこと考えたことも気にしたこともなく、答えようがない。両手で尻を掴んで指を使う絶妙な巧みさに、羞恥が疼く。そんなこと思いもしなかった、そこが固く、揉み解されれば柔らかくなるのが分かり、うろたえる。  いやだ、と、声を出さず唇の先で呟く。  こわい。少し。  その価値があったと思っている。けれど。恐れたものを受け入れている今が実感されて、湧いてくる後悔を拭いきれない。 「…ッ」  不意のように指が入ってくるのを、声を出さず息を吐くだけで堪え、声を上げなかったことに眉を開く。  同じこと、同じ動きだと言い聞かせるのに、内側から解されると途端につらく、背が撓む。知りたくない、知りたくない。 「は、ぅ……」  二本の指で縦に拡げられる感触に、耐えきれず零れた声を噛むように、顎を引く。角度を変えて別の方向へ、何度も繰り返し開かれ、唇が震える。 「………ぃゃ…」  引き抜かれて力が抜け、ぐらつきそうになるのを堪えて、切れる息に肩が上下する。  寝台が揺れ、離れた手が再び尻を掴み、丸いものが押しつけられて、尻の穴が濡れていることが不意によく分かる。 「っ、アッ、――クッ…! …つう…」  裂けたような痛みを一瞬で通り抜けてそこに入られ、衝撃で思わず肘を折る。ズル、と滑り込まれるのに擦れる入口の感覚が遠く、ただ、圧迫感が息苦しい。  大きい、と思ってしまうことに薄く腹が立つ。 「っ、…ッ、っ」  ゆっくりと押し込まれ、増す息苦しさに口を開いて、息をつきながら声を殺す。腹を膨れさせるようなそれが止まり、着いてしまった顔をシーツに擦りつけ、指を足掻せる。  留まられて休息めいて息を宥め、落ち着いてくれば、その生々しさに項垂れる。硬く勃起した肉棒の太さ、それを咥え込んで息づく自分の尻の穴、その奥の、どうなっているか想像も及ばないのに、陰茎から返して寄越されるような濡れた拍動。 「身体起こせ」  放るように命じられて、腕に力を込め、肩を起こす。震えないのに感謝しながら、元の姿勢に腕をつき直し。 「……っ」  ズルリと引かれるのに身体が引かれそうになり、動くなと命じられて手足で身を支える。堪える身体に、後ろで男の身体だけが動く。ゆっくりとした出入りが何度も繰り返されて、次第にぬめりが緩むように身体が攣れなくなり、代わりに擦れて息を飲む。  言葉も交わさぬ中に、背後の吐息が、上がるのを抑えてひそめているのが耳について、心無く興奮する。速くなっていく息に、つられる。やり場無く顎を引いて項垂れ、待つ。  尻の穴とそこから先の腹の中が擦れるたび、濡れるような錯覚が広がり、震えそうになる。  ふ、と。淡く浮くような息がひとつ聞こえて。尻を掴む指に力が籠められ、出入りを繰り返していた動きが、止まる。  その微細な呼気と、砲身が跳ねるよう脈打つ感触と、遅れて腹に沁みる熱さで、尻の奥で射精されているのが判る。  恐れたほど快楽は深くなく、それでも知らず勃起してしまっていたことに気づき、奥歯を噛んで顎を引く。  犯された、と、不意に実感する。  悔やみは深く、失意が冷たい。  身動きも取れず獣の姿勢のまま身の置き場なく、寄れよ、と言って鬼が寝転び寝息を立て始めてから、ようやく隅に横たわった。  いつの間にか意識が落ちてしまうまで、長く壁を眺めていた気がする。  遠くで聞こえるノックの音を、懐かしく思う。勝手に扉を開かれず、黙って閉じられない、その穏やかさが遠い。  過ぎた音が遅れて意識に届き、眠っていたのだと気づいた。 「アギレオ、いる?」  呼びかける声は遠く、ああ、ちょっと待て、と応じる声はすぐ近く。起こるのに遅れて届く音に目を開いて、下衣だけ着けて出て行く褐色の背を見る。瞬いて身を起こし、起こしたものの所在なく、ぼんやりと室内を見回す。  窓からの日差しで明るく、鬼の住処というには牧歌的だ。男二人で身を並べて寝られる大きな寝台が珍しいくらいで、収納らしきものが壁際にあり、カウチソファはあるがテーブルはない。それとも、傍にあるのが、花の無い花台ではなくコーヒーテーブルだろうか。  開いたままの扉から男が戻り、こちらに目も止めず収納の一つを開いて服を着始めるのを眺める。 「アギレオというのが、お前の名なのか」  何度か耳にした気がする。誰がどう呼び合っていたか、魔術師のレビと、あの身軽な男がリューで、灰髪の男は名で呼ばれていただろうかと少し首を傾げ。 「そうだ」  声を返しながら振り返った男が、そのままこちらにやってくるのに、瞬く。近付く前に、その手に持っている物に気づいた。 「聞き慣れない響きだ。鬼の言葉か?」 「……」  足枷の片方に鎖を繋いでいるせいなのか、そうではないのか。沈黙が寄越されて、その手元を何気なく眺め。繋ぎ終えて立ち上がる男から視線を外し、枷と同じような色の鎖を見る。 「鬼なんざ、ほんとにいるわけねえだろ」  鎖の先はどこだろうと探していたのも一瞬で吹き飛び、目を剥いて男を見上げる。フと鼻で笑う面に、取り敢えず言葉も出ない。 「エルフの物知りもたかが知れてんな。俺はヴァルグだ」  衝撃が大きい。知らず開いたままだった口を閉じ。 「西の民だったのか…。…海の向こうから来たのか…?」  本当に?と、付け加えたくなるほど。海の向こう、ここではない西の大陸に住むという、ヴァルグ族の存在自体は知っている。北方の山に少人数の部族が複数あり、狩猟と遊牧で生業を営むという、知識だけはあるが。 「なんだ、ほんとに物知りなんだな。こっち来てから長えが、知ってたのはまだ二人目だ」 「ヴァルグ族はみな、角があるのか?」 「そうだが。お前と喋ってる暇はねえな」  瞬き、石牢を出る時にも言われたのを思い出して、そうかと頷く。忙しいらしい、と控え。 「お前は?」  何もやることはない、と、言おうとしたところで、違うなと思い直す。 「名は、ハルカレンディアだ」 「ハル、……」  ハルカレンディア、と、言い直しても声は返らず、暫し見つめ合ってしまう。 「エルフの名前だなあ…」  遠慮なく億劫そうな顔をされて、笑ってしまいそうなのを顔を背けて誤魔化す。 「そうだな」  頷くところに、大人しくしとけ、と言い置いて早速出ていってしまう背を見送り、息をつく。強くではないが、長く生きてきて初めて何度も願った死など遠い、ひどい平穏がある。  しばらくぼんやりしてから、昨夜の水は汲みに行くために出て行かなかった筈だと、思い出して寝台から降りる。床に脱ぎ捨てたままだったローブを拾って羽織り、勝手に水を飲んだと殴られるか少し考え。ならば飲んでから殴られようと、大人しく家捜しをするべく扉へ向かった。
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