7、喪失

1/1
156人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ

7、喪失

 儀式のようだ、と、思う。 「手足をついて口だけで咥えろ」  ローブを脱いで全裸で、床に這ってペニスを咥える。  足枷に鎖一つ増えたこと以外はあまりにも昨夜と同じで、不思議な心地になる。味も匂いも昨夜と同じで、昨夜より薄く感じられて、どこかで入浴したのか、それとも自分が慣れただけだろうかと内心首を捻る。  次第にやり方が理解できてきて、丹念に舌を這わせてみて、よく反応を示す箇所を集中して舐める。同じところばかり舐められるのは面白くないらしく、髪を掴んで頭を揺すられ、唾液の中を泳がせるようにしながら口の内を擦りつける。 「ゥッ」  深く押し込まれてえづきそうになり、噛みそうだと、慌てて口を開く。垂れる涎と混ぜるように啜って咥え直し、唇でつくる輪を狭めて吸い上げる。 「そのままじゃ入んねえンだよ。喉で飲み込め」  押し込まれるのを受け入れようとして、男のやるのと上手く噛み合わず息が乱れる。飲み込む、飲み込む、と、考えながらしゃぶり、ああ飲み込むのか、と不意に合点がいって、嚥下する要領で喉の奥に引き込む。  当たり前にそれ以上入らず、逆にするよう喉から押し出して、もう一度試し、理解する。  これをやらせたいのか、と、飲み込み、吐き出す動きを繰り返せばあからさまに大きくなり、自分の口を使ってあの動きを模しているのが分かる。 「上手いじゃねえか。いい子だな」  頭を撫でられて、死ぬほど消沈する。  不意に引き抜かれ、顎を掴まれ男の顔を見る。斜めに吊った口角を見ながら、瞬き。 「その面、」  しまった、と、顔を背けて隠すところに、ベッドに上がって四つん這いになれと、聞こえた言葉に立ち上がる。シーツの上に手足をつきながら、また、不思議な心地が蘇る。  尻を掴まれ穴と周りを揉み解され、昨夜より容易く息が上がる。もう、心地良いと言う他ないそれに、顎を引いて耐え。 「、」  指を入れられるのが、昨夜より早い。その理由を考えまいと、目を伏せる。次第に、どういう風にされているのか、自分がどうしているのか曖昧になってくる。 「……、」  指が繰り返しそこを擦って抜き挿しされる感覚に、つきたくなる肘を堪え、少し屈めてシーツに額を擦りつける。クスと小さく笑う吐息が聞こえて、肩が跳ねる。  何を笑われたのか、知りたくない。  身体が勝手に、動く。身が捩れて、逃れるよう前に出ようとすると強く引き戻され、シーツを握り締める。 「…、…、」  ゆっくりと掻き混ぜられ、顎が浮く。振り返って確かめたい。否、何も確かめたくない。腰から下の感覚が甘く曖昧で、しきりにぼうっとする。 「あっ、……ッ、ンゥ……」  指を引き抜かれたと思った途端に、入れ替わりのように勃起したペニスを挿入されて、思わず上げた声を慌てて噛み殺す。 「っ、、…ッ、ク、……、…ふ…」  じっくりと押し込まれる感触が。 「…、…、」  男が止まった隙を使うように、上がる息を押し殺し、宥める。息が整いかけたところで引かれ、背が反る。 「……!」  ゆっくり、否、昨夜よりは速い。出入りし始めるそれは単調で、同じところが同じように繰り返し擦れて、腹の中が熱い。屈するように肘を折ってシーツを抱き、顔から胸まで擦りつける。 「いや、だ……」  堪らず上げる声に、聞こえたのが笑う息で、歯噛みする。 「そうかよ」 「っ、待っ!…ッ」  言い訳のしようもなく勃起したペニスを握られて、顔に血が上る。腫れた熱を、それより温度の低い掌で包まれるのに、息が抜ける。 「ま、待、あ、っ、…ッ、ァ、……ま、頼、…っ」  扱かれると、ただ握られているより掌の感触が強い。勃起が増して重さを増すペニスが、包皮を薄くして敏感になっていく。他者から施される手淫は当たり前に善くて、腰が揺れる。  自分が動くせいで、腹の中に男の逸物が動き回る。 「は、…ぅ、ッ、ン、ゥ、……ハ、だめ、駄目だ、…頼む、からっ」  懇願するほど、それが聞き入れられないことを分かる。押さえつけられ、尻を犯されながら、初めて射精した。  その上で腹の中に出され、文字通り打ちひしがれる。  それでも、目を覚ますと朝で、眠っている鬼、否、アギレオの向こうに見える室内は牧歌的だ。呆然としたまま、身だけは起こして、昨朝と同じように出て行く長身を見送る。  見送ってからまたベッドに身を横たえ、しばらくぼんやりしても、矢張り起き上がってローブを羽織る。  どこへ行く気もなく、水を飲もうか考えながら、カウチソファに腰を下ろす。窓が近くて、ふと思いついて寝そべってみれば、窓に切り取られた空が見える。少しうとうとして、目を覚ますと空の色が少し違い、日が高くなっている。  立ち上がって窓に近寄り、外を眺める。見える範囲には建物らしいものはなく、疎らな低い草が少し広がり、木々が近い。不意に、少し離れたところにロープを渡した支えが立っているのを見つけて、洗濯物を干すのか、と思い当たり。あの男が洗濯してそれを干しているところを想像して、音も無く少し笑った。  その夜は、また最初の夜と同じように、口淫を命じられた後に寝台の上にあがり、今度は陰茎には触れられず、達することのないまま後ろだけ犯された。  けれどひどく乱れたような気がして、身を横たえ、眠る男の顔を眺めながら茫洋とする意識に任せる。  身悶え撓む背を、掌を擦りつけるようにして何度も撫でられ、その感覚にひどく困ったのが、やけに記憶に残っている。  知らしめられているところまでは分かるのに、何を知らしめられているのかが掴めない。そっと、恐れるように手を伸ばして、褐色の頬に触れる。少しだけ肌を撫でて、また手を引いた。  台所から椅子をひとつ借りてきて、寝室の窓辺に置いた。  窓は台所にもあるが、閉じたままの窓掛を開いてみる勇気はない。寝室を背にして木立に向いた窓辺に行儀悪く肘をつき、見るともなく、緑が揺れるのを目に触れさせておく。硝子越しに木の葉が風にさやぐのが聞こえる。そのさなかに鳥の鳴き声が時折混じり、合間にカタカタと、こちらは窓の鳴る音。それから、耳を澄ませばもう少し遠く、人々の話し声らしきも。  目を閉じて耳を傾けながら、境の森へ行く夜に、振り返り見た灯りを思い出す。壁一枚向こうに、ヒトが暮らしているらしい。ほんの数日前の自分と同じように。  それが全て、残虐さだけでできた鬼だったらマシだったろうかと考えて、馬鹿馬鹿しい、と、目を開いた。  ぼんやりしている内にまた夜が来て、アギレオが戻ってきただけで狼狽えている自分に狼狽える。  命じられてもいないのに寝台の傍に立ち、それに気づいたアギレオに無言で見つめられ、やり場をなくす。 「あの…」 「なんだ」 「……分からない……」 「なんだそりゃ」  近付かれる足音がやけに鮮明で、足元から辿るようにその顔を見上げる。ローブの留めに手が掛かり、解かれて顔を背ける。剥がれて落とされ、身を晒せばいっそほっとして。床に這えと言われるのを待って顔を上げる自分を、どこか遠くで訝しむ。 「ベッドに上がれよ」 「…分かった」  困惑しながら寝台に上がり、仰向けに寝ろ、と言われて、一瞬動けなくなる。けれどそれに従わない内に次はないようで、やはり困惑しながら、身を返して仰向けに背を着く。想定外に無防備で、褐色の顔から目が離せなくなる。  口でさせる時のように寝台に腰掛けるのを見守り、伸びてくる手に顎を掴まれて、なんだか眉が下がる。 「お前な」  少し皮肉っぽく、片頬で笑っている顔を見上げ、言葉の続きを待つ。 「いつまでそうやって、強姦されてる面でいるつもりだ?」  思いがけない言葉はけれど、確実に何かに刺さって、目を瞠る。答えようと口を開くが、言うべきことが決められず、言葉が出ない。 「お前がやるっつったんだろう」 「あ、ああ…」  中身のない声が、ただ漏れる。 「"確かに言った"だっけ?」  覚えている。覚えているが、やはり二の句は次げず、顎を掴んでいる手に、手を重ねる。緩む手指を握り、考えを纏めようと、視線を外してうろつかせ。 「………すまない、」 「ああ」 「……女に……なったことがなくて…」  ブホッと盛大に噴き出すのが聞こえて、顔を向けられない。耳の先まで熱くなって、確かめなくても赤くなっているのが自分で判る。  掻き上げて退けるように髪を撫でられ、目だけようやく向け。そのまま顔の向こうに手が着かれ、影が差して。近付いてくる顔が、どうするのかは解る。  目を閉じて唇を受けるだけで、少し息が浮く。擦りつけられ、やんわりと吸われて、啄んで返す。淡く唇を開いて、その吐息をすくうように少し吸う。吐息が混じり、啄み合い、擦りつけ合う唇から、顔だけでなく全身が熱い。  唇が離れて、身を起こすアギレオを目で追う。服を脱ぎ始めるのを見て、少し目を伏せ。そういえば、今まではいつ脱いでいたかも知らない。まだ4日目とはいえ毎晩見ている筈の身体を見つめ、脱ぎ終えてこちらを向くのに、また目を逸らす。  先と同じようで、けれど今度はそのまま、手でなく腕を置くよう顔を寄せられ、迎えるように目を向ける。 「口開けて、舌出してみせろよ」  言われた通りに舌を出して、羞恥心で少し目眩がする。どうしてそんなに人を辱めるのが巧みなのか、意味が分からない。 「ぁ…」  舌に舌で触れられ、声が零れる。 「ぁ、ぅ……ン…」  舌同士を絡ませ合い、時折角度を変えて甘く唇を噛み合い、擦りつけ合う。口の中に入ってくる舌をしゃぶって啜り、独特の重みのある柔らかさを味わう。恐れるように今度は自分から差し出せば、彼の口の中に招かれ、唇と舌で捏ねられる。  他人の匂いだった唾液が混じって分からなくなり、口の中に溢れて飲み込むのにひどく喉が鳴る。 「は……ァ、……ふ、」  腿に触れる掌が肌をじっくりと捏ね回しながら上がり、腰骨を丸めるように撫でられて、少し、勝手に身体が捩れる。  舌が離れて遠退く唇が、そのまま顎を滑り首筋をなぞって降り、腰から脇腹へと上がってくる掌と近付くのが不安で、シーツを掴む。喉をしゃぶられながら胸を掴んで揉まれ、上がる息が少し苦しい。  胸の肉を寄せるように掴んだ手指が窄まり、乳首をつまむ。妙な感じしかしないそこが、けれど、つまんで捏ねられ、指の腹で擦られ、感覚が変わっていく。手と顔が一瞬離れ。 「あっ」  舌で濡らされ、声が出る。  尖らせた舌先で弾くように弄られ、腰の裏が痺れる。広くした舌に舐め上げられて、背が浮き。 「ぁ、ぁ、……ふ、…ン、…ん、ぁ、」  胸を離れて腹を撫で下りる手が、逸れるように腿の内側へ揉み込み、勝手に膝が離れてしまう。けれど足の付け根を揉まれるだけで、脚の間に届かないのがもどかしく、腰が時折浅く跳ねる。  腿から膝にゆっくりと擦って下りる手に、片足、それから逆の膝と、大きく、あからさまに脚を開かされて、目を開いた。  ああ、今度は犯されるのではなく抱かれるのだと、分かる。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!