一方通行

4/4
前へ
/22ページ
次へ
私の手首を掴んでいる飯田くんの手を放そうとして、空いている左手をそっと添えた。 だけど、あっと思ったときには、私の両手は飯田くんの大きな手に包まれていた。 「こんなに冷たくなるまで待たせてしまってごめん」 「……うん」 飯田くんは私の手をぎゅっと握って言う。 「君のことは大切に思ってる。だけど、仕事と天秤にかけることはできない」 「……わかってる」 「俺のせいで君が辛い思いをしているなら、無理に付き合わなくてもいい」 ハッとなって顔を上げたら、飯田くんは辛そうな顔で私を見ていた。 違う。 違うよ。 そういうことじゃない。 飯田くんは優しいくせに鈍感なんだから。 「……なんで、そんなこと言うのよ。バカ!」 抑えることのできない涙が一気に押し寄せてきて、体ごとどこかへ流されてしまいそうだった。 今度こそ私は飯田くんの手を振りほどいて、信号が点滅している横断歩道を一気に駆け抜けた。 一言、 好きだよ って言ってくれるだけでいいのに。 それだけでいいのに。 私は足早に帰宅してそのまま布団にもぐった。 もう今日は、何も考えたくない。 ――無理に付き合わなくてもいい この言葉が頭の中をぐるぐるして、溢れる涙を止めることはできなかった。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

327人が本棚に入れています
本棚に追加