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私の手首を掴んでいる飯田くんの手を放そうとして、空いている左手をそっと添えた。
だけど、あっと思ったときには、私の両手は飯田くんの大きな手に包まれていた。
「こんなに冷たくなるまで待たせてしまってごめん」
「……うん」
飯田くんは私の手をぎゅっと握って言う。
「君のことは大切に思ってる。だけど、仕事と天秤にかけることはできない」
「……わかってる」
「俺のせいで君が辛い思いをしているなら、無理に付き合わなくてもいい」
ハッとなって顔を上げたら、飯田くんは辛そうな顔で私を見ていた。
違う。
違うよ。
そういうことじゃない。
飯田くんは優しいくせに鈍感なんだから。
「……なんで、そんなこと言うのよ。バカ!」
抑えることのできない涙が一気に押し寄せてきて、体ごとどこかへ流されてしまいそうだった。
今度こそ私は飯田くんの手を振りほどいて、信号が点滅している横断歩道を一気に駆け抜けた。
一言、
好きだよ
って言ってくれるだけでいいのに。
それだけでいいのに。
私は足早に帰宅してそのまま布団にもぐった。
もう今日は、何も考えたくない。
――無理に付き合わなくてもいい
この言葉が頭の中をぐるぐるして、溢れる涙を止めることはできなかった。
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