PROLOGO

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 突然。  カ━━━━━ンという音が響いた。  御者がビクッと肩を震わせた。  アベーレは、元来た暗い村外れの道を見やった。 「教会か?」  アベーレは言った。随分と鈍い音だが鐘の音か。   今頃の時間に、と思ったが、警戒を促すためだろうか。  角灯(ランタン)を御者に返した。 「悪かった。もう帰っていい」 「ええ……」  すまなそうに御者は角灯(ランタン)を手に取った。 「灯りが無くて大丈夫ですか?」 「何とかなるだろう」  そう言い、アベーレは馬車から荷物を下ろした。  ヨランダが手を差し出したが、アベーレは「いいですよ」と止めた。  色白で細くたおやかなヨランダは、とても荷物運びを頼めるような身体つきではなかった。  幼少の頃に一緒に遊んだ三歳年上のこの従姉妹に、アベーレは憧れていた。  修道院に預けられた際は、輿入れ先が決まったことを察して子供心に諦めた。  没落の先触れが見えてきた時期に、どうやら破談になったらしかったのを、アベーレは密かに嬉しく思った。  ヨランダと別れ別れになった子供の頃とは違う。  今は二十四になった。  何とか一緒に過ごし口説いて、出来れば妻になって貰えないだろうか。そんなことを考えていた。  先に来ているはずの伯父が屋敷に居ないようだとなると。  二人きりか。  不意にそう気づいた。 「人狼ですって……」  鐘の音と思われる音のした方を眺めながら、ヨランダは言った。 「大丈夫かしら。伯父様」  サラサラと、ヨランダの長い黒髪が風に(なび)いた。  鼻腔に獣の臭いを感じた気がして、アベーレは周囲をゆっくりと見回した。 「じゃ、これで」  お二人ともお気をつけてと続け、台に乗った御者を、アベーレは呼び止めた。 「これを」  御者の上着のポケットに、自身のイニシャル入りのハンカチを、すっと入れた。 「御守りだ」
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