Età della luna 1 Conducono a Roma.

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 教会の礼拝堂の椅子に座りアベーレは祭壇を眺めていた。  建物自体は小さいながらも悪くはないが、あまり手入れの行き届いた教会ではないなと思った。  跪き台の下には少し灰が落ち、アベーレの座った椅子には、動物の毛のようなものが散らばっていた。  夕べ鐘を鳴らしていたと思われるこの教会は、屋敷からさほど離れた所ではなかった。  木々に囲まれた一本道を屋敷から少し歩くと、開けた草地の向こうに、すぐに先尖形の屋根の建物が見えた。  もう少し遠くから響いていたのかと思ったが、音が鈍かったことから考えると、鐘は錆びてでもいるのか。 「火、いただけたわよ、アベーレ」  教職の者を伴い、ヨランダが祭壇の横の出入り口から現れた。  火なら礼拝堂の蝋燭にあるのだろうとアベーレは思っていたのだが、昼間は礼拝の時も点けないのだと教職は言った。  厨房の炉部の方なら火があると言われて、ヨランダだけが手燭を手に付いて行った。   今のような生活をしている以上、いつまでも厨房に入れないなどと言っていたら、使えない者ということになってしまうのだろうか。  そんなことを考えながらアベーレは待っていた。  ヨランダの持った手燭には、ゆらゆらと小さな火が揺れていた。 「ヨランダ・コルシーニ殿に……ええと」  若い教職は、アベーレの方を見た。  薄茶色の整えた短髪に、育ちの良さそうな柔和な笑みを浮かべた青年だ。  同い年ほどだろうかとアベーレは思った。 「アベーレ・コルシーニだ」  椅子から立ちアベーレは言った。 「アベーレ・コルシーニ殿」 「アベーレで結構」  教職の垢抜けていて姿勢の良い感じに、給金が支払えず家に帰した従者を思い出した。 「ご夫婦で?」 「いや……」  口元をやや歪ませてアベーレはそう答えた。  他人から見れば、そう見えるのか。否定したくない気持ちが湧いた。 「従姉弟(いとこ)なのだけれど、アベーレは弟みたいなものなの」  ヨランダがそう答えた。  ね、という感じでこちらを向く。 「……は」  アベーレは中途半端な感じで返事をした。  弟か。  やはり子供の頃の習慣で「姉上」などと呼んでいたら、いつまでもそう思われるのだろうか。  頬を引きつらせそんなことを考えた。
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