PROLOGO

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 大きな森を背にして建つコルシーニ家の別邸に馬車が到着したのは、真夜中近くだった。  新月のこの日は辺りも真っ暗で、屋敷のシルエットは殆ど判別が付かず、墨色の空に大きな森の木の先端がいくつも並んでいるのがやっと見えている感じだった。  アベーレ・コルシーニは、先に馬車を降りた。  黒っぽい焦茶色の髪、細身の自身の姿が、磨かれた馬車の屋形にうっすらと映った。  こういった屋形つきの馬車に乗るのも、これが最後かと思った。 「姉上」  そう言い、中に手を差し出した。  ヨランダ・コルシーニは、屋形の奥でたおやかな肢体をこちらに向けた。  細面で切れ長の目、東洋人にも似た面立ちの美女だった。  姉上と呼んでいるが、実際には従姉(いとこ)にあたる。  幼少の頃によく遊んでいたが、十歳を過ぎる頃から女子修道院に預けられていた。  コルシーニ家が没落したことから、修道院を出された。  叔父と叔母は先にローマの遠縁の家に発ち連絡も付かず、屋敷で一人取り残されたところを、アベーレがこの別邸に誘った。  金に困った貴族が所有地を売ることはままあることなのだが、この土地は辺境であったせいか、家の方には存在すら忘れられていたらしく、いまだコルシーニ家所有のままだった。 「足元を。お気をつけて」  アベーレは、細い手を取った。  ドレスのスカート部分を楚々とした仕草で掴むと、ヨランダは手を取った。  白くて、産毛すら無いように感じられる滑らかな手だった。  真っ暗な中に映えて見えた。 「伯父上が先に来ているはずなのですが」  アベーレは屋敷を見上げた。  使用人をどれほど連れて来られたかは分からないが、屋敷のどこを見回しても灯り一つ無かった。  出迎えてくれる者すら来る気配は無い。  アベーレは、ちらりと御者の方を見た。 「すまんが……」  そう言うと、御者は御者台に掛けていた角灯(ランタン)を面倒そうに差し出した。 「すいませんが、さっさと帰りたいんですが」  中年の御者はそう言った。 「ここら辺、最近、人狼が出るとか噂があって」 「人狼」  アベーレは言った。 「周辺の村も含めて、何人か行方知れずになってるらしいですよ。何日かすると、村外れに肉片が落ちてるとか」  ヨランダが毛織りのショールを握り眉を寄せた。 「狼の顔に人間の身体とかいう、あれか」  御者は頷いた。 「誰か姿を見たのか」 「姿まで見たとは聞いていませんが。あたしもこの辺の者じゃないんで確かなことは」  御者はそう言い、ヒラヒラと手を振った。  遠方の故郷から、無理を言ってここまで乗せて来て貰っていた。  没落した身とはいえ出来る限りの金は支払ったが。
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