48人が本棚に入れています
本棚に追加
第95話 王女と王太子
(プランツ王国の王太子と王女視点)
「ハッタリではないのよね? 」
テオドラは杖を構えたまま、ギヨームに対してそう訊ねた。
「先程、外の様子を確かめてきました。もうこの王都には、兵がいません。厳密にいえば少しはいるのでしょうが、いないのと同然です」
「そう。まさか民衆が蜂起するなんて……。少なくとも父上は民衆を苦しめるような統治はしなかったはずなのに」
「姉上。魔王軍が攻めてくるという事実は、【教会】から洗脳された民衆からすれば恐怖でしかないのですよ。そして、恐怖で支配された人々は時に通常時ではありえない判断をします。それがこの結果なのだと思いますよ」
ギヨームがそう言い終えたと同時に、外の様子を確かめに行ったボルグが戻ってきた。
「王女殿下! 多くの民衆が王宮を目指して向かってきております」
ボルグは戻って来て早々、そう叫んだのである。
「そう……。ギヨーム逃げるわよ! 魔王軍の陣地まで急ぐわ」
「私は王太子にして摂政ですよ。国王プランツ5世が魔王軍によって捕らえられた今、私は王都プランツシティから離れるわけにはいかないのです」
「なにを言っているの? 王太子であるからこそ、貴方は今すぐに逃げる必要があるのです」
「魔王軍に降伏するためには、王太子である私の署名と、私が父より預かっている王璽による捺印が必要なのですね? しかし、仮に魔王軍に対する降伏を民衆がそれを望んでいなかったら? 王家は民衆から恨まれますよ。それでも良いのですか? 」
ギヨームがそう言うと、テオドラは何も言わなくなったのである。
彼女はうまく何かを言おうとしたが、残念なことにちょうど良い言葉が思いつかなかったのだ。
そしてギヨームは続けた。
「姉上。僕がすべてを引き受けます。僕が民衆に捕らえられれば、民衆も溜飲が下がるはずです。さあ姉上は早くお逃げください」
「ギヨーム! いい加減にしなさい。前に貴方が失踪した時があったわよね? 私がどれだが心配したかわかる? 貴方は一生私と一緒に居なければいけないのよ」
実はギヨームはある期間、失踪したことがあったのだ。その時、テオドラは姉弟として愛していたギヨームの失踪に強いショックを受けた。
そういう経緯から、テオドラはギヨームを肌身離さず自己の管理下に置いておきたいという気持ちが芽生えたのである。
「姉上こそ、いい加減にしてください! 確かに私が失踪したときのことはご心配をおかけしました。そして今回、民衆に捕まれば処刑されるかもしれませんから、姉上としては心配なさってくださっていることは判ります。しかし私たちは王族です。王族であることを姉上も自覚なさってください」
ギヨームはテオドラの気持ちなど知らず、そう言ったのであった。
もちろん、テオドラのギヨームに対する気持ちはテオドラの都合に過ぎないし、テオドラ自身ではないギヨームがその気持ちを正確にかつ完璧に感じ取れるはずもない。
「テオドラ殿下! 今すぐ逃げなければ王宮は民衆によって埋め尽くされます。今は御身だけをお考えください! 」
と、ボルグが言った。
「ボルグの言う通りです。姉上! 姉上が生きてここを脱することも王族の務めですよ! 」
ギヨームもボルグに便乗してそう言った。
そして続けて言う。
「王太子及び摂政として命ずる。テオドラ王女、生きて王宮を脱せよ。ボルグ、お前も魔王軍のスパイであることは判っているが、あえてこの命令の執行を任せる。やってくれるな? 」
「王太子殿下……。畏まりました。テオドラ殿下をこの身をもってお守りします」
ボルグはそう言うと、テオドラの手をとりこの場を去るのであったのである。
テオドラも何かを察したのか否か、大人しくボルグに付き従ったのであった。
最初のコメントを投稿しよう!