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第97話 冷酷なユミ……されども彼女の眼差しは懐かしいものを見ているようだった
「そうだね……。でもさ、魔王軍スパイかどうか怪しいとなると、助ける気も失せちゃうじゃん? だったらマリーアのような不安定要素は放っておいて、ここは魔王城を目指したほうが私は良いと思う」
ユミがそう言い切った。
もはや、ユミが成長したというよりも、別人にすり替わったとしか言いようがないほどに、彼女は冷酷な者になってしまったのだと私は感じる。
「ユミが、そういう判断をするのは驚きだが……そのような奴だったかユミは? 」
純粋にそう思ったので訊ねた。
「カルロと一緒に居ることが、とてもうれしいの。だから今はカルロが希望を叶えてあげようってね。今後はわからないけどさ」
ユミの答えは、私の問いを半ば無視したようなものに思われるが、これはこれでまた意味深なものであった。
ユミは私の問い対してどう思い、そして今のような答えを言ったのか。
さらにユミは、「今は私カルロの希望を叶える」という旨の発言や、「マリーアのことは放っておき魔王城を目指したほうが良い」とも言った。
確かに私は直ぐに魔王城まで行きたいし、この馬車の行先も魔王城である。
さて何がどうなって、このような私にとって都合の良い状況になったのやら……。
「私の希望か? 例えばどういうことが私の希望なのだろうか」
あえて、そうユミに訊いた。
「カルロとしては、一刻も早く魔王城を目指したいわけだよね。だってこの旅が始まったころから何故だか早く【魔王領】へ行きたいって言ってたじゃん。そしてこの馬車の行先は魔王城であることもさっき兵士に訊いてわかったわ。そう考えると、カルロは【魔王領】、具体的に言えばその魔王城へ行きたいのかなと思ったの」
確かに私は、いつも何かがある度に、それらの事案を無視して急かすように【魔王領】を目指すべきだと言っていた。
それにしても、わざわざ国防軍の兵士にこの馬車の行き先を訊ねるとは、これもこれで驚きだ。
とはいえ目の前のユミは、どういうわけか気絶前のユミとは別のような存在に見えるわけだし、いちいち驚くのはもう良いか。
これ以上はユミが何を言おうが或いはどのような行動を取ろうが、驚かないつもりでいよう。シンプルにユミの変わりように面白い理由があったとしたら、それで御の字としておこう。
「そうか。ユミも気づかいが上手なようだ。確かに私は魔王城へ急ぎたいと思っている。今の魔王が一体どのような者なのか見てみたいし、そして話しもしたい。まあ、元々魔王城へ急ぎたかった理由は別にあるのだが、これはひとまずおいておこう。それよりも、本当にマリーアを放っておいて良いのだな? 」
「さっき言った通り、マリーアのことは放っておいて良いよ」
「わかった」
※
「ロワール大佐! 貴方は、ご自分が仕出かしたことが判っているのですか! 勇者一行であると知りつつ、入国を許可したのですよ。しかも勇者一行は、直接魔王城を目指すことも知っていたのですよね? 」
と、ディアナはロワール大佐というこの関所の責任者に対して、大声で抗議した。
勇者一行が国防軍の関所を通ったという情報を聞いた俺たちは、急いで国防軍の関所までやって来たのである。
「ディアナ卿。我々は適切に書面審査を行いました。また国防省から、勇者ユミの入国を拒否せよとの通達はございませんでした。通達が無い以上、我々には原則として実質的審査権は生じないのです。もちろん提示された旅券又は査証のみを対象とするのであれば、実体審査もできますが……。ともかく、勇者一行の代表から提示された旅券には、入国を拒否するに至る程度の理由は、みつかりませんでしたね」
要するに、国防省から通達がない以上、提示された旅券のみでしか入国審査をしないということだ。
「流石、お役所様ですね。ご苦労さま」
ロワール大佐の言い分にキレたのか、嫌みたっぷりにディアナが言った。
「ディアナ卿。先ほど申し上げたことはあくまでも原則であって、もちろん例外もあります。例外的に≪非常事態時に関する勅令≫の定めにより、国防省の通達の有無に問わず、我々の主観で怪しいと思った者は、全て入国を拒否できます。しかしこの≪非常事態に関する勅令≫は皇帝陛下の非常事態宣言がなければ、効力を発しません。まあ現体制下では、趣旨類推適用により、魔王ティアレーヌ陛下の非常事態宣言と読み替えておりますが……。まあいずれにせよ、現状では非常事態宣言はありませんよね」
ロワール大佐も、仕返しのつもりなのかは判らないが、俺たちが聞いているのが面倒くさくなるほどに長々と説明するのであった。
つまり、非常事態なら好き勝手に入国制限が可能なわけだが、今は非常事態では無いので、好き勝手に判断できないと言いたいのだろう。
「長々とご苦労様。ところで私が知っている限りだと、国防軍管轄の関所では入国対象者は全員、国防軍発行の旅券の提示が必要よね? 」
「ええ、仰る通りでございます」
「大佐。あなたは先程、勇者一行の代表から提示された旅券と言いましたよね? これはどういう意味なのでしょうか。まるでその代表以外の者たちは旅券を提示しなかったように聞こえますが? 」
今のディアナの追及はロワール大佐にとって、かなり痛いのではないのだろうか
2人のやり取りを聞いていて、俺はそう感じたのである。
「≪特別旅券≫の提示がありました。話は以上でございます。中尉、後は頼む」
そう言うと、ロワール大佐は逃げるように自分の執務室を抜け出したのであった。
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