≪ミハラン≫第99話 暴走するミハラン方面軍

1/1
前へ
/174ページ
次へ

≪ミハラン≫第99話 暴走するミハラン方面軍

『また進軍したのかぁ! 貴様の連隊は毎回トラブルを起こしやがって! いいか、昨日の件で既にパーシヴァル憲兵隊中将が大騒ぎしておるんじゃ。これ以上、火に油を注ぐようなことはしないでくれ』  電話越しに、怒鳴り声が聞こえてくる。  この声は、ミハラン方面軍司令官のボブ・テンライダー国防陸軍大将のものだ。 「申し訳ございません閣下」  ゴブガ大佐は意気消沈とした声でそう謝った。 『連隊長! そもそも貴様は儂に連絡する前に、攻撃停止の命令を下したのだろうな? 』 「いえ……閣下に判断を仰ごうと思い、こうしてご連絡いたしました」 『この馬鹿ぁぁぁぁ! とっとと攻撃停止の命令を下さんか! この馬鹿ぁぁぁぁ。俺の気持ちが判るか? お前には判らない絶対に。問題を起こした方面軍の司令官として、新聞の一面記事に載ったら、どうするんだ! 」 「閣下。後ほど確認は取りますが、恐らく敵軍の攻撃によって、また進軍を開始したものと思われます。ここで攻撃停止命令を下せば、敵に勢いを与えかねませんが……」 『制圧した前哨基地まで撤退し、そこで防戦させよ! これは命令だ! 』  ボブ・テンライダー国防陸軍大将が、電話越しにそう言ったのと同時に、副官からの報告があった。 「ゴブガ大佐! 第1大隊からの報告です! 」  この報せは、またもやミハラン方面軍司令部の計画に変更を生じさせるほどのものだったのである。 ※ 「大尉。前方から見えますのは……」  第1大隊本部付の少尉が、双眼鏡を除きながらそう言った。 「ああ。ここ一帯の敵主力と言ったところか」  第1大隊長も双眼鏡で前方を確かめながらそう言う。  第53ゴブリン人連隊第1大隊の進む方向から現れたのは、大規模な軍勢であった。少なくとも、この大隊の数は軽く超えていることは間違いない。 「各中隊に伝達。現在地で二列横隊を組め。攻撃のタイミングは各中隊に任せる! 」  縦隊で移動していた各中隊を二列横隊にすることで、攻撃態勢に移行させるわけである。二段階の魔法攻撃というわけではなく、各中隊の一列は防御魔法要員なのだ。  ここには塹壕が無いため、仕方がない。 「かしこました。各中隊に伝達いたします」 「そっちのキミは、連隊本部に至急報告。敵の大軍と接触、防戦に移行すると」  そして数分が経ち、1個中隊が一斉放撃(砲撃ではなく放撃)を行った。  一個中隊200人程度、およそその半分の兵士たちが杖を構えて、≪貫通的威力による攻撃魔法≫を放ったのである。  訓練により威力は統一されており、その目安として貫通的威力は8ミリの鉄板や22㎝のレンガをも貫通する程度と言われている。また飛翔距離は、300メートル経過時点で魔法の威力が消滅すると言われている。    使用する魔力が多ければ多いほど、それに比例して威力も増すわけである。  しかし、国防軍としては隊・部隊レベルでの≪一斉放撃可能回数≫を把握したいためにこうやって統一して攻撃させるのである。 「放撃が始まったか。今のところ敵は、防御魔法を展開する様子はないようだ。だから、最前列の者から次々と斃れていっているな」 「そのようですね……。大隊長、第4中隊も攻撃を開始しました」 「そうか」 ※ 「以上、第1大隊は現在地で防戦をしているとのこです」  と、副官が言う。 「あのバカ。防戦するくらいなら、制圧した基地で防戦すればよかったものを……い、痛てぇぇ」  ゴブガ大佐はそう言って、怒りのあまり受話器を強く握ってしまい指を攣って(つって)しまった。受話器を持っていたのは、第1大隊の者と連絡をとりあっているためでない。  ヒステリックな上官と、連絡を取るためだった。 『何だね? 前線の部隊から連絡でも来たのか? 』  受話器の向こうから、ボブ大将の声が聞こえてくる……。  その声に、ゴブガ大佐は我に返った。 「閣下。残念なお知らせがございます。第1大隊は、ここ一帯における敵の主力軍と衝突したとのことです」  その報告を聞いたボブ大将は、非情にイライラさせられる展開の中、感情を押し込め言ったのである。 『そうか。第53ゴブリン人連隊に命ずる。全力を以て敵軍からの攻撃を凌げ! 増援も至急寄越す! 以上だ』  と。 「はっ! かしこまりました」  ゴブガ大佐はそう言って、受話器を切った。 「敵の挑発に乗っかって、飛び出したところ蜂の巣にされているじゃあるまいな? あのバカは」 「しかし敵は、大規模な軍勢をここ一帯に集めていたわけですし、第1大隊が挑発に乗ったのか否かの話は、あまり事の本質には関係の話かと思いますが。仮に敵の策略に引っかかったとしても、一個大隊の損失です。我々連隊レベルでは作戦に大きな影響を与えますが、ミハラン方面軍全体で考えれば全く以て問題ありません」 「まあな。さて、第2大隊は第1大隊の暴走のせいでもぬけの殻になってしまった敵前哨基地へ移動。第3大隊は第1大隊から見て右翼へ、第4大隊は左翼へ進軍するよう伝達せよ。第5大隊は、敵の新たな動きに素早く動けるよう現在地で待機せよ」 「かしこまりました! そのように各大隊伝達いたします」  こうして後に【南方会戦】と呼ばれる戦いが始まったのであった。
/174ページ

最初のコメントを投稿しよう!

48人が本棚に入れています
本棚に追加