≪ミハラン≫第100話 加熱する戦闘と、それを冷ややかな眼差しで見るゴブガ大佐

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≪ミハラン≫第100話 加熱する戦闘と、それを冷ややかな眼差しで見るゴブガ大佐

 ミハラン方面軍が動き出したと同じころ、ミハラン砂漠サソリ大王国】側では、混乱が生じていた。 「畜生! 敵の攻撃が非常に強力だな。敵の兵力数は……推測より大幅に多いとみた方が良いか」  と、言うのは一部隊を任せられているシタノサソ・リーノ将軍である。 「シタノサソ・リーノ将軍閣下。こうして進軍するだけで、わが先遣隊の損失は拡大する一方です。既に敵の魔法攻撃によって最前列の兵からバタバタと斃れていっています。この際、敵の数は問題にはならないかと」  第53ゴブリン人連隊と正面切っているのは、【ミハラン砂漠サソリ大王国】軍側の先遣隊5万人である。  第53ゴブリン人連隊の10倍の兵力で以て進撃してきたわけだが、手厚い攻撃を受け、先遣隊の責任者であるシタノサソ・リーノ将軍は、実際は第53ゴブリン人連隊は5千人しかいないところ、それよりも多いものと判断したのだ。  直感的には3万人くらいはいるのではないかと、思っていた。  彼の率いる先遣隊には双眼鏡すら用意されていないほどの粗末な軍隊なのだ。仕方のないことだろう。 「ううむ。しかし後続の手前、ここで撤退するわけにもな……」 「閣下。撤退できない以上は増援を要請するべきです。恐らく正面の敵こそが敵側の主力かと存じます」 「いや、さすがに主力ではないだろう。だがそれなりの数が有るのは間違いない。キミの言うとおり増援を要請するか。早速、青花火の用意を頼む」 「かしこまりました」 ※ 「続々と敵が集まってきているようだな! 我が連隊に恨みでもあるのか! 」  ゴブガ大佐は続々と集まって来る敵の数に、絶望的な気持ちになっていた。  その一方で同時に強い闘争心も沸いてきているのではあるが。 「敵としては、何としてでも我々が制圧した基地を奪還したいのかと思います」 「そういうことかね。しかし我が連隊だけでは持たんぞ。ボブ大将に連絡を頼む」  副官は、受話器を取ってミハラン方面軍司令官執務室の番号を回した。  そしてダイヤルを回しつつ言う。 「大佐。我が連隊の攻撃はそれなりに有効だと思います。幸い今のところ、敵軍は魔法攻撃に対して全く以て対処できておりません。そして我々は敵の弓矢による攻撃も防御魔法で防ぎきっております。敵を壊滅させることは不可能でも、凌ぐことはできるのでは? 」 「だが数というものは怖い。敵が延々に兵を送り続けてくれば、いずれ我々は魔力切れとなり、そしてそこを敵がなだれ込んでくるであろう」 「どうでしょうか? もっと損害を与え続ければ撤退するかもしれませんよ。それに案外敵の数は少ないかもしれませんし」  全滅こそせずとも、ある程度の損害が生じれば撤退することは充分にあり得る。  そして、受話器の向こうからボブ大将の声が聞こえて来た。 『ボブだ。何だね? 』 「閣下。敵軍が我々に向かって続々と集結しつつあります。増援を! 」 『ほう? 想像通りではないか。既にゴブリン人1個連隊がそちらへ向かっている。もっとそちらへ敵を集中させるためにな』 「閣下? 増援をくださるの嬉しいことですが、要は我々を囮にするということですか? 」 『端的に言えばそうだ。今後の作戦に影響する。何としてでも踏ん張り続けくれ』 「了解しました」  通話はっぱてんごくそれで終わった。 「1個連隊を送ってくれるそうだ。そしてここで踏ん張ってくれとな。だが我々も増援部隊もゴブリン人だ。ついつい考えてしまうのだが、やはり俺たちゴブリン人は使い捨ての駒として利用されているのではないかとね……」 「大佐……。あまり考えても仕方のないことです。命令の通りここで踏ん張り続けましょう! 先の大戦ではゴブリン人の部隊が十中八九死ぬであろう各地の戦いで真っ先に突撃させられたと聞きましたが、今回は防戦担当でありますよ」 「防戦担当ね。防戦側だからと言って突撃がないということはない。敵の攻撃が激しくなると、決まって我々ゴブリン人で構成される連隊だけが、突撃させれた。我々が突撃をしたその時だけは、敵の攻撃は我々に集中する。だからその他の部隊は、束の間の休息を得られるのだ。だが我々はその瞬間に、次々と斃れていく。戦友が近くで死に、僅かな時間で我に返ったそのころには、もう1人が、そしてさらにもう1人が、いや同時に10人、真横を走っていた他の分隊が、一瞬で灰になることもよくあった。そしてその次は私の分隊だ。まあ、私だけは運よく毎回生きていたもんだから、こうして今ここにいるのだがな」 「……」  ゴブガ大佐の話しに、副官は口を閉じた。 「1個連隊が壊滅するのにそう時間はかからない。わずが10分間の突撃で1個連隊5000人がほぼ戦死する。敵の放つ無数の赤い光線が我々を焼き尽くすのだ」 「初めて聞きました。大佐ご自身も先の戦争で戦っていらしたとは」 「まあな。開戦時の階級は一等兵。何度か戦いを重ねている内に、飛び級で伍長になった。そこから3日後には軍曹、その次の戦いから帰還した後は曹長だ。何せゴブリン人は上から下と、次々死んでいくからな。終戦時には大尉にまで昇進していた。1個大隊を任されていたよ。昇進はちっと嬉しくもなかった。ゴブリン人は階級が上がろうと、一度戦争が始まれば、皆平等に死ぬ機会が与えられるのだからな。むしろ国防軍を辞めさせて欲しいと、ただそれだけを思っている。そんな我々のような経験も知らずに、あの野郎は馬鹿みたいに進軍しやがって! 」  ゴブガ大佐はそこまで言うと、葉巻を吹かすのであった。  本当は、さらにこう言いたかったのである。 ――― 故郷くにへ戻っても、他種族からは侮蔑の目で見られる。お前たち市民のために戦ったというのに ―――
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