第101話 呼び出された国防軍将官たち

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第101話 呼び出された国防軍将官たち

(魔王ティアレーヌ視点(三人称))  魔王の王宮……即ち魔王城には、珍しい客が訪れていた。  その者は3名。1人はカーキー色の軍服を着ており、他方は純白の軍服、残る1名は黒色の軍服姿である。    そして3人の行き先は、この城の主の執務室であった。 「国防軍の大将がここに何の用があって来てるのかしら? 」 「ああ。しかも陸軍、海軍、そして憲兵隊と勢ぞろいじゃないか。まさか国防軍の連中が、とんでもないことを仕出かしたのではないだろうかな」  すれ違う魔王軍の幹部たちが、そうヒソヒソと噂をする。  この幹部たちの言う通り、国防軍管轄の関所から勇者一行を通過させるという大問題を起こしたがために、こうして国防軍の軍人が呼ばれたのであった。  彼ら3人の所属は国防省で、それぞれ陸軍事務局、海軍事務局、憲兵隊事務局の事務次官(各事務局のトップで、国防省には4人の事務次官がおり、陸・海・憲兵隊のほか、会計監査事務局がある)であった。    そして場所は、魔王ティアレーヌの執務室へと移る。 「3人とも、ご足労様。ジョゼフ元帥は、モグラみたいに引きこもって、出て来ないのかしら? 」  仮面をつけた魔王ティアレーヌがそう言った。国防軍のジョゼフ元帥は、国防大本営の最高司令官職務代行官であって同時に国防大臣(国防省)なのだ。  そして、続けて言う。 「まあ陸海軍と憲兵隊の大将が来ただけでも、事の重大さは理解しているというアピールにはなるのかしら? 貴方たち国防軍が管轄している関所から、勇者一行が通過したというのは事実よね」  レミリア軍団からもたらされたプランツ決戦での吉報に喜んでいた矢先に、勇者一行が国防軍の管轄したという情報がもたされた。  そのため、ティアレーヌはとても機嫌が悪い。 「はい。その通りでございます。当該関所の責任者であるロワール大佐に確認しましたところ、確かに適正な書面審査の上で通したとのことです。少なくとも現場は適正に仕事を為しました。責任の所在は別にあることは判っています」  そう答えたのは、陸軍大将のほうであった。  関所の管理は憲兵隊かと思いきや、陸上は陸軍、そして海上は海軍が所管しているのだ。  憲兵隊はあくまでも軍人の犯罪を取り締まること、又は軍の反乱若しくは市民による暴動の鎮圧をその基本的な任務としている。  海軍大将は目をキョロキョロさせながら、ハンカチで顔から吹き出す汗を拭いている。今回の件は陸上での国境で起こった事案であるため、海軍としては巻き添え喰ったわけだが……。  憲兵隊大将に至っては「俺には関係ない話しだな……ああ、よかった」と言いたげに、澄ました表情だ。  ただそんな憲兵隊も、国防軍が発行する旅券に関して、その発行における実務は憲兵隊が行っているので無関係ではないだろう。 「そう。素直に答えてくれてうれしいわ。さて、今回の件は国防軍と私のお互いさまということにしようと思うのだけど、どうかしら? 私の名前で非常事態宣言を出しておけば現場は臨機応変に動けたと思うわ。だけど国防大本営も、勇者とその一行の入国拒否に関する通達をしておけばよかったでしょ」 「な、なんと……。魔王ティアレーヌ陛下御自らそう仰られるとは……。我々は陛下の大御心を拝察するに、ただただ感泣するのみにございます」  海軍大将がそう述べた。  だが、ティアレーヌはきつく海軍大将を見つめる。  すると案の定、海軍大将はまたもや目をキョロキョロさせながら、ハンカチを取り出すのであった。  仮面越しでも、目線の先ははっきりとわかるのだ。 「心にも思っていないことを言わないでほしいわ。わざわざ大げさに……嫌みのつもりかしら? それに私の目も見れないなんて、貴方はよほど自身がないの? 」  と、ティアレーヌが言う。  間一髪いれず、今度は陸軍大将が口を開いて言った。 「陛下。今回の一件は少なくとも我々、国防大本営の落ち度であることは確かであります。今後はこのようなことが無いよう努める所存でございます」  今後は国防省が国防大本営を管理したいという、国防省に勤める陸軍大将の本音が込められた発言である。 「そう? 先ほど言ったとおり私も反省するけど、貴方たちも反省してちょうだいね」 「「「かしこまりました」」」  3人が一斉に、そう返事をした。 「ところで今回の事案に関連する話が、他に1つあるのだけど……。≪特別旅券≫について、これが一体何なのか教えてくれるかしら? 」  ティアレーヌは、あえて陸軍大将に顔を向けてそう訊ねたのである。 「と、と、とっ。ええっと、特別旅券でございますか? 」  特別旅券の話を振られた陸軍大将は、取り繕うのに苦労した。 「そうよ」  魔王ティアレーヌは短くそう言った。  文字にしてたった3文字。しかし逃がさないという意思は十二分に伝わってくる。もはや誤魔化しなど認められないと。  汗ばかりかいて挙動不審な海軍大将はもとより、精神的に硬直状態にある陸軍大将。ここは仕方なく憲兵隊大将が答えるのであった。 「特別旅券とは一見通常の旅券と同じなのですが、『この旅券を真に保持する者及びその者が入国を許可した者は無条件に入国を許可する』という文言が記載されている上で、皇帝陛下の署名捺印がされた代物です。現在においても国防軍としてはその文言通りの運用をしております」 「つまり帝政期に発行された旅券なわけね」 「はい」 「それで、その特別旅券はどのくらい発行されていて、主にどういった人たちに付与されたの? 」 「10件ほどであり、主に国防軍の少将以上の者たちが殆どです」  10件ほどであれば、調べる対象は限られてくる。 「ありがとう。私からの話は終わりよ。陸軍と海軍の2人とも下がってくれて構わないわ」  魔王ティアレーヌがそういうと、3人ともそれぞれ挨拶をし出ていこうとした。 「ちょっと待って、私は陸軍と海軍の2人と言ったのよ? 憲兵隊大将の貴方はまだ残ってちょうだい」  そして憲兵隊大将の1人を残して、陸海軍の大将2人は立ち去って行ったのである。 「何か、込み入ったお話でもあるのでしょうか? 」  と、憲兵大将が恐る恐る訊ねる。 「大した話ではないのだけど、ちょうど2カ月ほど前に、都市レーゲル近郊の森で焼死体が複数発見されたいう事件は覚えているわよね? 」 「ええ。よく覚えておりますよ」  憲兵隊大将は、まさかその話を振られるとは思わなかったため、つい動揺する姿をティアレーヌ見せてしまった。 「あの事件の真相を知りたいのよ。憲兵隊なら何か情報を知っているでしょ? 」 「あの件でも憲兵隊が動いたのは事実です。しかし国防省憲兵隊事務局は関与していないと言っても過言ではありません。国防省の憲兵隊事務局は、ご存知のとおり憲兵隊内の人事や予算、それに旅券発行に関する業務を司る部署でして……。憲兵隊の実際の運用を司るのは国防大本営の憲兵隊統括本部になります」 「なるほど。では、憲兵隊統括本部総長であるロベール大将を呼び出せば真相がわかるという訳ね? 」 「……」  憲兵隊事務局の事務次官たる憲兵隊大将は、言葉に詰まる。 「大丈夫。私を信頼して。これでも私は魔王なんだから。貴方が不利にならないように頑張るわ。仮に国防省で居心地が悪くなっても、魔王軍に引き抜くつもりよ? 」 「レーゲル市警の証拠物保管室でボヤが起きたのはご存知ですよね? あくまでも噂ですが、憲兵隊統括本部は証拠を隠滅したと言われています。具体的にどこの誰が指示したのかは判りませんが」 「教えてくれてありがとう」  ティアレーヌはそう言うと、執務室のテーブルから1枚の紙切れを取り出した。 「これで、温泉でも楽しんできなさい。それに安易に統括本部総長を呼び出したりはしないわ。ではまた」  憲兵隊大将は、その紙切れを受け取り…… 「あ、ありがとうございます。で、では失礼します」    そう言って、ティアレーヌの執務室を後にしたのであった。  彼は当初から、一刻も早くティアレーヌの執務室から逃げたかったのだ。    そして、ティアレーヌは1人になって呟く。 「カルダス・ロムネー。貴方は一体何をしたいの」  と。  既に、彼女はルミーアから軍港での調査結果を聞いている。行き先は不明だが、大量の物資を船に積み出航しているということを。  また戻って来る船も、積み荷を積んでくることも調査結果で判明した。  ティアレーヌは、軍港から出向した船が、先の戦争で戦場となった場所に向かうのだとバルロンから聞いている。それらのピースを当てはめると、先の戦争で戦場となった場所に物資を運んでいるということになるのだ。  しかもバルロンは、戦闘行為は無いと言った。    そこから推測するに、現地の反乱戦力に対する援助を行っているのだと、ティアレーヌは考えた。そして、その見返りに他の物資を持って帰ってきているのだと。  彼女の推測は、決して誤りではない。  だが、それだけでは真実に迫っているとは言えないのだ。  戦闘行為を行っているわけではないと、確かにバルロンは言っていた。だがこれは厳密には間違いである。少なくとも【天使領】とは戦闘になっていないだけの話なのだ。  既に国防軍は、【ミハラン砂漠サソリ大王国】との大規模な戦闘にまで発展している。  軍港から出航する船は、この戦闘のために必要な物資も運んでいるのだ。さらに言えば、大規模な戦闘が発生したために、出航する船が増えたのである。  このことは、何故か色々な情報を掴んでいるバルロンでさえ知らない。  だからこそ、ティアレーヌはまだ真実には程遠い場所にいるのであった。
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