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第108話 レミリアによる臨検
レミリアは、自身を含めてたった2名で行動していたようだ。一緒に居る男は、≪レミリア三騎≫の1人で、ヘンリーというらしい。
たった2人しかいないが、迂闊に四天王と事構えるのは得策ではないと考えたので、とりあえず話だけは聞くことにした。
レミリアはまず、勇者ユミが乗っているこの馬車から検査を始めるつもりなのか、今まさに私の目の前にいる。
特徴的な耳だ。
エルフ族だろう。
目つきは鋭く、そして鼻が細高い。
さらに茶髪のロングヘアである。
そして遠目から見えるヘンリーは、私と同じくスタンダード族であり、黒の短髪で何だか飄々とした感じだ。
「では貴方が。勇者ユミと共に行動していたカルロさんですね? 」
とレミリアが言う。
案外、高圧的では無かった。
「ええ。そうですが? 」
「持ち物などの検査をしております。ご協力をお願いできますか? 」
「拒否します。どうしても検査をしたいのであれば、裁判所で捜索差押令状でも貰って持って来られたらどうですかね? 」
あくまでも帝政時代の話だが、【魔王領】では原則として、強制的に捜索を行う場合には、裁判所が発行する捜索差押令状が必要になってくるのだ。そして現在においても、帝政時代の制度は、その多くが引き継がれているので、私の言っていることは全くのデタラメではないはずである。
「カルロさん。我々魔王軍は他の機関と違い、裁判所の捜索差押令状が無くとも、魔王の勅令を根拠として強制的に捜索ができますよ? ですがあえて、私はご協力と言う形でこのようにお願いしているのです」
……うん。実は心の奥底では判っていた。
やっぱり魔王ティアレーヌの名の下に、すべてこちらが不利になるわけだな。
「仕方ないですね。どうぞ」
仕方がないので、私は諦めて素直に応じることにした。
そして一通り私の所持品検査は終わる。
「グランシス商会が振り出した約束手形を……それもかなりの額面のものを持っていらっしゃるようですね? しかもそれが34枚もあるとは」
「何か問題がありますかね」
「いいえ。少し気になっただけです。ところで……この≪特別旅券≫は一体何なのですか? 見たところ、発行者は皇帝の名になっておりますが、これは帝政時代に発行されたものですか? 」
やはり≪特別旅券≫に目を付けやがったか。
「レミリア殿。その≪特別旅券≫は、我々国防軍が取り扱うものでございます。あまり口出しされては困りますね」
横で突っ立っていた少尉がそう言う。
「少尉。私はこのカルロさんに訊いているのよ? 貴方には訊いていないわ」
「貴方には訊いていないなど、そういう話ではありません。本官はあくまでも国防軍を代表して申し上げておるのです。こちらに居るカルロさんでは、返答する上で不適当だと思いましてね」
「国防軍がどうか、それは関係ないわ。こちらのカルロさんという個人に、私は訊いているの。わかったかしら? 少尉」
レミリアの奴……。国防軍でもないのに威圧的に少尉をいじめやがって。
聞いているこちらとしてみれば、まるで女上官が男部下をパワハラしているみたいではないか!
「かしこまりました……」
少尉がしぶしぶレミリアに従った。
「さて、カルロさん。先ほどあえて質問しましたが、実は既にこの【特別旅券】については調べがついております。貴方は特別なご身分の方なのですね? 」
なるほどな。
【特別旅券】を持っている者が、一体どういった者たちなのか既に調べて凡そ判っているわけか。
「まあ、国防軍の高官とだけ……言っておきます」
「そうでしたか。それだけで充分です。では【魔王領】を守備するはずの国防軍高官の貴方は何故、魔王ティアレーヌ様を仇為す勇者と共に行動されているのです? しかも護衛として国防軍の小隊まで付けて。これは異常ですよね? 」
「これは高度に政治的なお話なのですよ。ですので私からは発言を差し控えます。国防省か国防大本営にでも訊いたらどうですか? それにそもそも、貴方の部下であるディアナ氏だって元勇者を手下にしていますよね。お互い様かと思いますよ」
「高度に政治的なお話で黙るのは、裁判所だけですよ? お分かりですか? それにディアナの下についた元勇者たちは、きちんと更生教育を行ったうえでのことです。問題ありません」
なんて言い返そうか……困ったものだ。
そして。
「あの……。よろしいですか? 」
と、ユミが横やりを入れたのであった。
「何でしょうか? 勇者ユミさん」
「レミリアさん。私は【教会】や天使の手先ではなく、≪主≫の僕しもべです。そして魔王ティアレーヌ様とも、一度お会いしてお話をしたいとも思っております。そもそも≪主≫は、魔王を≪悪魔≫であると述べたことはないはずです。あくまでも【教会】と天使が、勝手に魔王を≪悪魔≫としてレッテルを貼っているだけです。私としては、レミリア様の検査に素直に応じるつもりです。そこのカルロさんとは違って」
おう、そうきたか。
やっぱりユミの奴、冴えたことを言うようだ。
しかしながらね、何が「素直に応じるつもりです。そこのカルロさんとは違って」だよ。まるで私が、駄々こねる赤ん坊のようではないか。
ここは口だけでも、抵抗するものなのだよ。そうしないと、相手はますます調子乗るんだよね。
「わかりました。ユミさんのご協力の大変感謝いたします。勇者とされた人たちの中で、貴女のようにご協力してくださる方はおりませんでした。とても感激しております。その一方で、国防軍の高官さんは駄々こねてばっかりですよね? 」
と、レミリアがそう言う。
こん畜生!
「あんたさ、ユミは魔王を討伐するつもりは無いって言っているんだから、もう問題ないでしょ」
頭にきたので、私はそう言い放った。
「カルロさん。貴方自身の問題とユミさんのお話は、また別問題ですよ。国防軍高官である貴方は勇者と判っていながら、魔王ティアレーヌ様に報告することもなく入国させましたよね? しかも貴方の≪特別旅券≫の提示によって」
「何をいうか! 勇者はあちこちで任命されているんだ。いちいち報告したって無駄だわ」
私は、あちこちで任命された勇者共によって、暗殺されそうになったこともある。
しかしそんなことを、いちいち部下に報告させたことはなかった。大体、魔王軍の妙な慣習だっておかしいと思うところだ……。
「多い少ないの問題ではないと思いますが? それに任命される勇者の数が多いという言い訳を百歩譲って呑んだとしても、最近は任命される勇者の数は極めて少なくなったはずですよ」
「勇者なんて言うのは、単なる暗殺者と同じだ。魔王を殺そうとして入国してくる暗殺者なんて五万といるわな」
「では暗殺者と判っていながら、わざわざ入国させたのですか? 」
「ここにいるユミは、我々国防軍が高度に教育を行ったので問題なし! 」
「こんな短時間で、何が教育ですか! 」
私とレミリアの口論は、しばらく続くことになったのであった。
もちろんこの口論の最中に、魔王軍の妙な慣習についても追及したのであった。
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