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プロローグ ある勇者に起こる不幸……それから半年後
「ここが、ラバノンという都市なのか。流石【魔王領】の都市だけあって魔族ばかり住んでいるようだな。おや? あの魔族、俺に気づいたようだけど特に何もしてこないようだが……。まあ良いか」
ここは【魔王領】に在る【都市ラバレン】である。
【教会】から魔王討伐の使命を与えられた勇者は、仲間たちと共に度重なる困難に立ち向かい、やっとの思いでここまでやってきた。
ところが、ここで勇者は絶望することになる。
「まあ、あの魔族は一般市民だしね。襲って来るなんてありえないわ。ふふ。むしろ貴方は、私たちを警戒するべきだったのではないかな? 」
パーティメンバーの1人である女魔法士が、そう言った。
因みにこのパーティにはもう1人、魔法士がいる。
「へっ? 」
勇者は、仲間たちが意味のわからない冗談を言ったのだと思ったので、そんな声を出してしまった。
しかし、勇者以外のパーティメンバー全員が、突然それぞれの武器を取り出し、勇者にそれを向けてくるのであった。
勇者が仲間だと思っていたパーティーメンバーは皆、魔王の手先だったのだ。
「お、お前ら……。お前ら、全員魔王の手先だったのかよ! 」
「まあね。でも兄さんが間抜けなおかげで、こっちも助かったわ」
しかもその1人には、勇者の妹も含まれていたのである。
妹も、また魔法士なのだ。
「ディ、ディアナ、まさかお前も……なのか? 」
と、勇者は恐る恐る訊いた。
「そうよ。私はこの旅が始まるずっとずっと前から、魔王様に忠誠を誓っているの。決してお金で釣られたとか、何かしらの脅迫をされているとかで、貴方を捕らえたわけではないわ」
妹の、今のこの発言は、勇者の心の中で何かが壊れた瞬間であった。
絶対悪とされている魔王を倒すという使命を、誇り高きものと思っていた勇者にとっては、それは当然なのかもしれない。
「ど、どうして。まっ、魔王に忠誠って……そんなの信じられない」
勇者は震えた声でそう言った。
まだ、まだドッキリか何かそういう類のものなのかもしれないという僅かな期待と希望が勇者にはあったのだ。
もちろん仮にドッキリのようなものであったとしても、勇者は妹たちと仲を修復することは容易ではない。彼にとっては絶対悪である魔王の手先のふりをした時点で、妹や仲間たちとの絆や信頼といったものが壊れたのだと感じているからである。
しかし、現実は違うのだ。
勇者にとっては一番最悪と考えていること、それこそが現実なのである。
「兄さんには悪いけど、これからは牢獄での生活になるわね。ところで前々から魔王様を絶対悪だと思っていたみたいだけど、その考えやめてくれない? とてもムカつくから」
妹のさらなる発言と、そして仲間だったはずの者たちに身体を拘束されたことで勇者はようやく現実を知ったのだった。
こうして、勇者は魔王の手先によって捕らえられ、牢獄に幽閉され、心を病んだ。彼の心が晴れるのは幾分かの月日が経った後、≪ある男≫が彼に接触する時を待たなければならない。
そして彼の心が晴れる時、彼は全てを思い出すのである。
※
私は今、【アリバナ王国】と呼ばれる王国にいる。
この王国は【西方大陸】又は【魔族大陸】と呼ばれる大陸にある国の1つである。その【アリナバ王国】の王都アリバナシティに私はいた。
もう少し具体的に言えば、王都アリバナシティのとある大衆酒場に居る。
「中々、司祭の服が似合っているじゃないか」
私は隣に座った彼にそう言った。
彼は黒髪の角刈りに、司祭の服を着ていた。背丈は私よりも少し高いくらいで、恐らく175㎝ほどか……。
因みに髪型は私も彼と同じで、髪の色はブラウンである。
酒場とは、本来司祭の職にある者が訪れるべきではない場所だとは思うが、私はそんなことは知ったこっちゃない。どうせ【教会】は酷く腐敗している組織であるので、今更気にする必要はないからだ。
だが、司祭の服装のままで酒場にやって来るのは如何なものなのか。案の定、酒場の客たちがジロジロと見ている。
「カルロさん。司祭の服が似合っているなどと冗談でも言わないでくださいよ。司祭なんて、やりたくもないのですから」
彼は小声でそう言った。彼の職はこの服装のとおり、一応は司祭ではある。しかし彼はこんな職に就きたくもなかったはずだ。私はそう思っている。
「まあ、あんな連中など崇拝したくないしな」
「ええ。それは当然ですね。本来は、僕ではなくエナモンの奴が司祭になっていたはずなのに」
と、司祭も頷きながらそう言った。
【教会】が崇拝する対象は、とんでもない連中なのである。民衆たちはそれを知らないのだ。【教会】の巧い洗脳政策によって。
「ところで、さっき言ったことは本当なのか? 」
先程、道端で偶然彼と行き会った際に、チラッと聞いた話があったのだ。内容からして個人的にとても面倒な話なのだが、それを詳しく聞くため彼をこの酒場に呼んだのである。
「ええ。面白そうだったので、貴方も勇者の同行者として指名しておきました。よろしくお願いしますね」
全く迷惑な話だ。
私の長期休暇の最後の期間を、このような形で潰されるなんて。
「いやお前ね、大切な残り少ない休暇を潰されたんだけど。どうしてくれるの? 」
本当にどうしてくれるんだよ。
「いやあ、勇者のお守をして案外良いこともあるかもしれませんよ? 」
馬鹿なことを言うんじゃない。
「ふざんけじゃないよ。物凄く迷惑なんだがな? 」
本当に迷惑極まりない奴だ。
全くもう、嫌になるね。
「ではお詫びに、ちょっとした情報を」
司祭の声は一段と小さくなる。
「なんだ? 」
「近々魔王軍が【プランツ王国】を攻めこむみたいなのですよ。ですので、投機目的に色々買っておくと良いかもしれませんね」
魔王軍が【プランツ王国】を攻め込むだと?
一体どのような理由で攻め込むのだろうか?
まさか【アリバナ王国】を始めとする≪教会騎士団国家≫を全て滅ぼそうと思っているのであろうか……。
【プランツ王国】もその≪教会騎士団国家≫の1つである。
ともかく、彼の言う通り色々と買い込んでおくか。とりあえず西ムーシ商会に武器を買い占めしてもらうよう頼んでおこう。
「そうそう。近々【ロベステン鉱山】に調査へ行くことになっておりまして、しばらく西ムーシの町に滞在する予定でございましてね。良かったら西ムーシ商会の本店に居る当主に、武器の買い占めをするよう伝えておきますけど、どうします? 」
「ああ是非とも頼む」
「かしこまりました」
そして私は、懐から10枚の紙を取り出したのであった。
「グランシス商会の約束手形だ。額面金貨1万枚分を10枚渡しておくからよろしく頼むよ。決して着服するんじゃないぞ? 西ムーシ商会のプランツシティ支店に、買えるだけ買っておいてもらうよう言っていてくれ」
「わかりました。ではお預かりします」
司祭が、約束手形10枚を受け取ったことも確認したし、そろそろ休むとしようか。
「さて、そろそろ私は宿に戻るよ」
そう言って、私は自分の分の代金を机に置く。
「そういえば欠席裁判の件は、もう聞きましたか? 」
「いいや?」
「無罪になりました」
「それは良かった」
長い裁判もこれで終わりか。
予定通り、無罪のようだ。まあ、敵だった連中も殆どが無罪なわけだし、ある種の取引関係にあった結果だ。本当に私が無実かと言われれば、それは甚だ疑問である。
ともかく、私は大衆酒場を後にした。
「痛っ! ……くそ、毒か!? 」
大衆酒場を出た瞬間、首筋に痛みを覚えたのである。
何か細い針が刺さったかのような痛さである。直感的に私は毒針による攻撃だと判断した。
「くそ誰だ」
私は痛みを感じる場所に軽く手を触れると、案の定その部分には縫い針のような針が刺さっていた。
今のところ毒による作用は感じない。
しかし、遅効性の毒かもしれないので念のため解毒魔法は発動した。その間も周囲を見渡したものの、怪しい人物は見当たらなかった。
このような大衆酒場の目の前での犯行だ。堂々と犯行に及んだ後、走り去っていくというパターンがもっともシンプルだろう。
だが、このパターンだと顔が割れる可能性が高い。
その他のパターンとしては、物陰からの犯行だ。或いは、あくまでも通行人のように自然と近づき一瞬で実行する。その後はまた通行人のように去っていくということも考えられなくもない。
「仕方ない。宿屋に戻るとするか」
これは暗殺だ。
しかし私は生きている。
よって暗殺は失敗したのである。
ともかく、暗殺未遂の現場となったこの場所にずっと残っていれば、暗殺者にチャンスを与えることになる。だから私は宿屋へ戻ることにしたのだった。
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