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「脱げって……おま」
放課後いつものように美術室にやってきた尚志に、栞は何気なさを装いながらも意を決して進言した。当の尚志はぎょっとしたように栞を数秒見て、やがてだるそうにイーゼルを引っ張ってきて椅子に腰を下ろす。
「何そのダルダル感。そんなんで一週間乗り切れないよ」
「色々あんだよ俺にもさあ」
「今日体育の時間、ゴール逃してたよね」
指摘されて尚志はちょっと嫌そうに眉を寄せる。それから話を逸らす為か、先ほど栞が提案した件を元に戻した。
「で、吉野。何よその脱げってのは」
「えーとだから……描いてみたいなあって。柴田わりといい体してんじゃん? なんかこー、絵を描く者として、むらむらと」
「発情してんのか」
「――馬っ鹿じゃないの?」
冷ややかに言った栞に、尚志はうーん、と考えながら、自分の制服のシャツのボタンを一つ外し、何を確認しているのか中を覗き込んでいる。いきなりこの場で脱ぎ始めるのかと誤解した栞は、瞬間血管が収縮した。しかしボタンはすぐに留め直され、ネクタイがきゅっと締まる。
「ちょっと、今日は無理だなあ」
「え……今日はってことは、別の日ならいいってこと?」
「嫌ってこたねえよ、まあ」
結構あっけなく言われた。
同級生の女の子の前で脱いでそれを描かれる、ということに抵抗はないのだろうかと、十中八九断られるに違いないと考えていた栞はきょとんとした顔になる。
「……あー……と、じゃあ、いつならいいわけ?」
「いつだろうな。とりあえず痕消えてからじゃねえと」
「痕?」
「いや何でも」
尚志は苦笑いして、先日から描いているマグリットの模写の続きを始めた。綺麗な青い空と白い雲が広がる元絵を見つめ筆を動かしながら、尚志はふと思い出したように栞の方を向かずに問うた。
「なあところで、シンセンてなんだろう」
「は? 何よ突然。……新鮮なお肉、とか?」
「肉食いたいのか」
「てゆーか、何が聞きたいんだかわかんないし」
「シンセンをつまみ食いって、どういう意味だろ。文脈変じゃね?」
尚志の良くわからない質問に難しい顔をした栞は、少ししてから答えた。
「神饌かな? 神様へのお供え物。文脈がどうの言うなら、それがしっくり来るけど、……なんで?」
「んにゃ別に。……意味不明だなあそれでも」
かりかりとこめかみを掻いて、尚志は納得が行っていないような目で自分の前に置かれたキャンバスを睨みつけている。意味不明は栞にとっても同じだったが、それ以上その話題が続くことはなかった。
「あーっ、だっりぃ。体痛ぇなあもう」
静かになった美術室に、突如尚志の本当にだるそうな声が響いた。
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